後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2014年9月25日木曜日

アテネで朝を迎えた



「ドーハの悲劇」が歴史のテストで出てきても、それが一体なんの悲劇なのかわたしには筆記できませんが(選択問題なら答えられると思う)、キタガワさんは乗り継ぎミスなどの悲劇に見舞われることなく、見事ドーハを脱しました。





夕日の眩しさに目を細めて、

ここは

アテネ

です!

シンタグマ広場のスケボーエリアに果敢に攻め入るキタガワさん。
風をはらんで猛スピードで目の前を行き交う西洋人と、背後から撮影終了の合図が聞こえるまで茫洋と立ち尽くすわたしとのコントラストが惨めだった。

生来の、おどおど癖が抜けません。

そうこうしているうちに、武内さんと、はぐれました……!


青ざめて電話したら背後で着信音が。後ろをとられてしまいました。


国会議事堂前でナンパ。


キス

別れ

のように見えますが、彼はもちろん後頭部のキタガワさんを写真におさめて去っていっただけのことです。
それでも、自分の采配で具合よくシーンをつなげてできたアバンチュールを、わたしは真実の記憶として心に焼き付けてしまいました。お手軽ですね。

一夏の恋(幻)を残して、一路、今晩泊まるホテルを目指します。

道中、銃弾まみれのガラス壁があって……こわいんですけど!!

珍しがって写真を撮ってしまうあたり、わたしたちは生粋の日本人でした。平和の子です。

到着する頃には日もすっかり暮れていました。

キタガワさん、お疲れさまでした!
キタガワさんの豪快な笑顔はいつでもどこでも大人気でした。
ありがとうございました。
また、いつか!

名残りを惜しむ間もなく、次の後頭部ビジネスの客人の顔を描きます。

今回いっしょに旅をしてくれるのは、げんちゃんです。

キタガワさんの次の人どうする⁉︎
このタイミングだと今描く人と朝までいっしょなんだけど!
知らない人と初夜過ごすのこわいんだけど!!

というわけで、長旅を癒してくれそうな友人の顔を描いてしまったのでした。
にこっ。

いざ、げんちゃんとアテネの夜へ!

あの輝きがアクロポリスです!

神々しすぎて近寄れず。

下界の遺跡を探索しました。

友人の友人、ギリシャ人のアキレスさんが我々を車で案内してくれました。
わたしは、左側じゃない助手席に初めて、乗りました!
対向車が来るたびに、引かれそうで肝を冷すので、運転席の右側でいち早く眠りにつきました。

げんちゃん、おやすみなさい。

朝起きるとげんちゃんはおばけのように儚く薄れていて…。


食事時もおぼろなげんちゃんでした。

朝食後、後ろの顔のお化粧直しをしてげんちゃん復活。

アテネの日没は遅く、夜8時頃までほの明るいのですが、その分、朝は7時にようやく明るくなります。
日中は強い日差しが降り注ぐ、真夏としか思えない一日。

ギリシャは乾燥しているため汗をかかず過ごしやすいと聞いていましたが、わたしの多汗症は湿度問題などものともせずに、アテネでも健在です。

あまりの暑さにげんちゃんも眉をひそめています。


これからアクロポリス博物館へ行ったのですが、館内は撮影禁止で、でも、みんな言いつけを全然守らずにバシャバシャ撮っていて自由でした。

わたしは真面目に写真を封印し、美大生らしくスケッチをしました。

こういう顔のお面が並んでいたのがおもしろくて、ふたりで模顔した。

撮影OKの3階へ行き、武内さんに「博物館を楽しむげんちゃん」を撮ってもらっていると、他のみなさんもわたしの後頭部に群がってきます。
すると、鋭く何か注意する声がして、シャッターの音が止んだのです。
制服姿の監視員の方にすごい剣幕で詰めよられ、ただただ途方に暮れていたのですが、どうやら「お前の存在は間違っている」というような趣旨らしかった。この子の後頭部を撮った人は全員写真を消せ、と、武内さんはじめ、カメラを手にしていた面々のすべてのわたしの写真が削除されました。

周りの方々と監視員との議論が始まりました。わたしも武内さんも英語がわからないのですが、周囲の皆さんはどうやらわたしたちを擁護して下さっているようでした。

監視員から、「上司を呼ぶ。ウェイト」と宣告され、わたしたちはスーパーバイザーの登場を待ちます。議論に加わっていた群衆も皆、場を離れようとしません。皆はキラキラした目で明らかに状況を楽しんでいましたが、わたしは議題にあがっているのがこの我が身なので、生きた心地もしませんでした。

ギリシャではボディペインティング自体が法に触れるのだろうか。
わたしは逮捕されるのだろうか。
日本大使館のご厄介になるのか。

「自称現代美術家、ギリシャで公序良俗罪ワロタ」という見出しが脳裏をよぎったりして…。
これで人生終わるのかな……。

スーパーバイザーが登場して、逮捕はされないけど写真撮影もやはり許されないと結論付けられました。

ホワイ!  だってここはみんなのオープンな撮影可能スペースじゃない!!

待ち構えていたギャラリーが口々に反論してくれましたが、「ここは神聖な場所である。これは単なるヘアスタイルではない、ペインティングだ。ペインティングは作品である。ゆえに、この場で他の作品を撮影することは許されない」みたいな、みたいなみたいな、でした。
でもたぶん、簡単に言うとただ「ふざけてるから駄目」ってことなんだと思います。

ギャラリーが肩をすくめて解散する時に、彼らのうちのひとりがポンとわたしの肩を叩いて、小声で「テイク  ア  ピクチャー」写真をとれよ、と耳打ちしてくれました。
闘ってくれてありがとう。
英語できないけど、気持ちを伝えたくて、前の顔で、前の目に思いを託して感謝の念を送りました。

以降スーパーバイザーはずっとわたしのそばを付き添って、後頭部にカメラを向ける人がいるたびにそれをセーブしていたのですが、わたしはまるで上等のセレブそのものでした。
すごいSPを連れて歩くという、得難い体験をしてしまいました。

そして、唯一消されずに残った写真がこれ…。
博物館のガラス越しに、暗く沈んだげんちゃんの正坐。

屋外では自慢のヘアスタイルを風になびかせて自由を満喫しました。






笑ってもらえると、うれしいな。


「自称美術家」も、楽じゃないです。