武内さんの記憶がいよいよ朧げです。
この完走文はフィクションです。
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夜には自信があったからね……。
自分が眠くなってびっくりした。
山を下りてからひとりになって…、このへんほんとに記憶がないや。
蛇行してもいいような広い道がずーっと続くんだよね。
単調で、ずっと眠い。
走るの遅くなってるってわかるから、なんとかしようとは思うんだけど、眠さに甘えかけてる自分もいるんだ。
完走が目標だからな〜。そんながんばらなくてもいいよな〜。完走さえできればいいもんね〜。それにしても眠いな〜って。
闘志が湧いてこないのよ。
それでも外人に追い越されるとハッとして、「こんなんじゃだめだ、この人についていこう」って思うんだけどそれができない。
「次はこの人」って決めて、「次こそ離されない」って思うのに、やっぱりついていけない。
日本人も来ない。日本人いたら絶対つかまえるんだけどさ……。
でも、これでこのスピードでやってたらほんとにゴールできないと思って、追い抜いてきた外人に向かって、「ねむい!」って言って手を差しだしたの。
手をつないでいっしょに走り出したんだけど、外人も疲れてたみたいで歩いちゃって。でも、歩きでもしっかり歩けてるだけで全然ちがう。進めるんだ。
歩きながら、
「♪夜〜明け〜が来〜ない夜〜はな〜いさ〜」
って、合唱曲を歌った。
「ジャパニーズソングだよ」って言って。
レース中、誰かが眠いときのために用意してた歌だったんだけど、まさか自分が眠くなるとはね。冒頭「夜明けが来ない夜はないさ あなたがぽつり言う」っていう歌詞なんだけど、「あなた」のとこを「わたしがぽつり言う」に替えて、「夜明けが来ない夜はないさ」って、自分に必死で言い聞かせてた。
外人とは次のエイドでお別れしたよ。
ハンガリー人だったんだけど、最後に名前を聞いたら「ピーター」って言うから、「ピーターパンね、オッケー覚えた」と思った。
大きいエイドにいた小谷さんに、ライト預けさせてもらって、睡魔撃退法を習った。こめかみのツボ。効かなかったけどね。
「眠気覚ましの飲み物もありますよ」って言ってくれたんだけど、「炭酸とかかなあ、まずそう。」と思ってもらわなかった。
それから門川さんと、「キロ7分で行けばじゅうぶん余裕持ってゴールできますね」とか話したんだけど、「いやあたしキロ7分とか全然です。いまたぶんキロ8分とかキロ9分とか……」って。
実際は、キロ10分とかでもゴールできたんじゃないかなあ〜、計算できないからわかんないんだけどさ……。
遅いから、いくら残り時間あっても安心できないはずなんだ、ほんとは。
くるちゃんがいたら、「こんなんじゃいつまでたっても着かないよ!」「とっとと行くよ!」って言うだろうなあと思った。でも私楽天的だからさ、うまく焦れなくて。時間まだまだあるなあってついのんびり考えちゃって、余裕もあるから眠くもなるわけでね。
そんなこんなでだらだらしちゃってたんだけど、そうだせめて腕ふりをがんばろうと思って、遅いながらも走ってたの。
そしたら、後ろから鈴木さんが「いい感じですね」って声をかけてきて、「いやいい感じじゃないんです、ただいい感じにしてただけなんです」って。
鈴木さんが「次のエイドまでいっしょに行きましょうか」って言ってくれるから、「助かった〜」って思ってたらその次のエイドで、「よかったらいっしょにスパルタまで行きませんか」って鈴木さん言うの。
「えっいいいいんですか!? でもあたしすっごい遅いですよ!!」
「いいですよ。自分も調子悪くてゆっくり行きたいから」
って。
……言ったがために鈴木さん、これから大変な目に合うんだけど。
でも言い出したの鈴木さんだからね。