あれ? 痩せたね! 今年はひと味違うね!
なんて言われて、デレデレよろこんだりして……。
あ!
大島さん!
お久しぶりです!
バイキング会場でサラダをお皿によそいながら、はしゃいでご挨拶したら「大島じゃないけどね…。」と薄く微笑まれて、合ってたの前半の「大」だけでした。
時間よ巻き戻れ……。
普段ランニングコミュニティにいないせいで予習復習の機会が少なく(いいわけ)、人の名前がどうも記憶に定着していないようでした。
その他同種のしくじりを立て続けに犯してしまい、もう不用意に名前を叫ぶのはやめようと思いました。
ケアレスミス、ケアレスミス…。
兜の緒を締め直したところで、またしてもしばらくぶりの方と階段でばったり。
どうしよう、以前よくしていただいたお礼をきちんと言いたいのだけれど、名前の漢字はわかっているけど読み方があやふやです。
「〜〜〜さん…?」
口を中途半端に開いてもやもやっと発音すると、外国の名前みたいになりました。
階段の下段にいたわたしは、〜〜〜さんを見上げるかたちになり、ついすがるような上目遣いで口ごもってしまったのですが、
「よう来たな。絶対、完走しよな。」
〜〜〜さんはわたしが去年リタイアしたことも知っていて、やさしい笑みをたたえて様々なアドバイスをくださいました。
また会えたうれしさと、レース本番が刻一刻と近づいている緊張とで、鼓動がドクドク鳴っています。
全力を尽くすお約束をしてお礼を申し上げると、彼はしなやかな身のこなしで上階へと駆け上がって行かれました。
ぽわーんと、いつまでもほうけたように見送るわたしの隣で、じっと押し黙っていた武内さんがその時、低い声色でこう言ったのでした。
「あの人リタイアして、くるちゃん完走するよ。」
ちょっと!?
何言ってんのさ!
あの人、すごいランナーなんだから!
スパルタだって何回も完走してるし、すごい実力者でしょや!
何も知らないくせに適当なこと言わないでよ!!
思わず北海道弁が飛び出るほどわたしは動揺して、けっこう本気で武内さんに怒った。
なんでそういうこと言うの? みんなで完走したいじゃん……。
武内さんは、「そっか、ごめん。」とすぐに翻して、「なんか、構図と光かなあ〜? なんかさ、あの人が上に立って、上から物言ってる感じとか、逆光で昏いのとか、なんか、そう見えちゃってね。ごめんごめん。」
そう言ってのほほんと補足してきましたが、黙れ芸術家。とわたしは思いました。
それまでわたしたちは、極力、完走できるのできないのという話を避けていました。
核心に触れたくなかった。
お互い明言を避けて、臆病だけど大切に、大切に育ててきた「完走」の決意でした。
初夏、友人たちで集まって、だれかが持っていたタロット占いをしたことがあります。
職場の行く末や、姑の寿命を占う友人たちを横目に、わたしはイエス/ノーカードを使って、「痩せますか!」と詰問しました。
うぉっしゃあああ! 出た!! イエス!!! 痩、せ、ます!!!!!
「完走できますか」とは、とてもじゃないけど聞けませんでした。
別に占いなんて信じているわけじゃないのに、それでも「ノー」でも出ようものなら立ち直れないと思ったから。
わたしにとっての「完走」の二文字の重みを武内さんはよくわかってくれていると思っていたのに、構図だとか光だとか、そんな抽象的なイメージでぶち壊されたことが腹立たしくて、やめてよ嘘になっちゃうよと思いました。
『あの人リタイアして、くるちゃん完走するよ。』
〜〜〜さんがリタイアするわけないし、そしたら、くるちゃんが完走するのも嘘になっちゃうじゃん。
あきちゃん。
わたし完走したい。
嘘にしたくないよ。
べっとり疲れて、その日は眠りにつきました。