大会前日は、とにかく休養に徹したいです。
それでも、少しでもギリシャの暑さに慣れておきたい焦りは濃く、日差しの中に飛び込んで、浜辺に横たわることにしました。
休養と暑気順応との両方を望みます。
手指の股にサラサラ砂をこぼしながら、武内さんと、ぽつりぽつり、会話をしました。
「どうなの? 調子。」
「うん。」
「いけそう?」
「いける。」
視線は交わしません。
「あきちゃんはどうなの」
「あきちゃんは楽しむよ。」
武内さんは日焼けしないよう、大きなゴミ箱の陰にこじんまりと隠れています。
これがラストチャンスであることを、ふたりともわかっていました。
とか言って去年もラストチャンスって言ってたっけ?
今年が、泣きのワンチャンス。
この一回、完走できてもできなくても、これが最後の挑戦です。
練習はしました。
悔いはありません。
「あきちゃんわたしさ、わたし以外のだれが完走するんだって気でいるよ。もしさ、リタイアだったにしてもさ、練習不足の脚でリタイアするより、練習し過ぎの脚でリタイアしたいって思ったんだ。でさ、ほんとに、一生懸命になれたからさ、だからよかったって思ってるよ。もちろんリタイアしたらすごく寂しいとは思うけど、またこうしてチャレンジできて満足だよ。後悔、しないんだ。」
突然べらべら話し始めたわたしの早口を、武内さんの帽子の広いつばが受け止めます。
「……っていうのが公式のコメントね。『後悔しない』っつって、爽やかにね。だけどほんとは、全然そんなすっきり整理できる気がしないよ! これだけやってリタイアって、ちょっとどうなるかわからない。思い返せばもっと、ああすればよかったこうすればよかったって後悔も反省もいっぱいあるし、うおおおお! わたしはもう既に猛烈に悔しいよ。今のこの生殺しの状態が地獄だよ! 早くやっつけちゃいたいし、来年また来たいよ!!」
砂にめりこんだ両の手のひらから、いやな汗がしみ出すようでした。
明日まで何時間?
スタートまであと何時間、この気持ちを抱えて待つの?
「くるちゃん、帰ろっか。」
武内さんがにっこり笑って、砂の中から手を引き上げてくれました。
わたしは自閉症の子どもみたいに嗚咽しながら激しく体を揺らして、波が落ち着くのを待った。
武内さんの包容力に依存しきっている自分の醜態は、だけどなんとなくなつかしくて、胃もたれしそうなやさしさの正体は母親の甘やかな影でした。