後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年4月10日日曜日

ゴール

120km、制限、15時間。
15時間を2で割って7時間半。
スタートのAM4時に7時間半を足すと、AM11時半。
最後までイーブンペースで行けるはずはないから、少しは前半に貯金しておいて……。

一生懸命計算をして、自分の折り返しポイント目標到達タイムは、11時20分に設定しました。

重見さんとすれ違ってから1時間20分が経過し、あっけなく11時20分。当初の目標時刻は過ぎましたが、まだまだ、折り返し地点は先のようでした。

続々と折り返してくる選手が「クァイタオラー!」、もう着くよ! と励ましてくれますが、それはかなり前から聞こえている嘘でした。
1km進むのがすごく長くて、時計を見たらキロ10分ペース。
荒い呼吸ながら、わたしは冷静に考えました。
11時半までなら、完走確定ペース。
11時45分ならまだ、完走圏内。
12時なら駄目だ。完走圏外だ。

完走、できないものは仕方ないから、なんとかして美談にするには、途中すっ転ぶ(わざと)しかないと思いました。『若木は負傷しながらも諦めずに走った。制限時間にこそ間に合わなかったが最後まで自分の足で120kmを闘い抜いた』とか……。
はあ。
ふがいなくてため息が漏れます。
時計を見るたび、絶望が深まります。
うつむきすぎて首が凝りました。
完走圏内ペースの到達、不可!
11時48分! 60km!  折り返し地点到着!
遅い!!!
でもまだ、12時にはなってない!
関門アウトでもない!!
まだ圏外じゃない。こっから挽回する。

仲良しのスタッフに抱きついてべそべそしている間も、口腔いっぱいにビスケットを詰め込んで咀嚼しており、闘志は燃え盛っていました。1秒たりとも無駄にする気はありません。泣きながら慌ただしくエネルギーと水分とを補給し、わたしは猛然と、今来た坂を下り始めました。

先行ランナーを次々抜いた。
「シャシン! シャシン!」
100km部門、78km部門のランナーと合流して、写真を撮るから止まってくれと幾度か呼び止められたけど、ごめん! 急ぐ!! わたしはさらにペースアップしました。
カメラマンのチンちゃんもいたけど、昨日みたいな笑顔はつくれませんでした。

下りのスピードを止めたくなくて、つい給水を怠って気づけば30km。
無補給で走り過ぎました。
気温はかなり低く、水分なんか取らなくても平気だと侮っていましたが、体は思った以上に渇いていたようで、以降のエイドではすべて止まって苦しく給水することになりました。

残り28kmの大エイド。
ここが関門なのでしょう。計測シートと、カウントダウンの時計が視界に飛び込みました。
二度見しました。
目を疑いました。
時刻はまだ、15時にもなっていません。
ゴールのリミットは19時だったはずです。
あと4時間以上ある。
もし今のペースを維持できるなら、関門に間に合うどころじゃない。もっと早くに帰れそうでした。

武内さんは元気で走っているのだろうか。まさかまだ、ゴールしてはいないだろう。
エイドで時々、「アキコライマ?」明子もう来た? って聞いてみたけど、だれも知らないみたいでした。
あきちゃんと会えたら、ふたり並んでゴールできたら最高だなあと思いました。

この先は、これまで飛ばしてきたような激坂はもうありません。下り坂はゆるやかになり、加えて平地も、上り坂も混じり始めます。
去年はこの28kmで大失速したのでした。
悪いイメージしかありませんが、この一ヶ月間の練習量がわたしを支えました。
合宿した!  去年より走り込んだ! 120kmがなんだ! 246kmだって走れたんだ(後半つぶれたけど)!!

息が切れて、上りはもう走れませんでした。
少しでも前にという気持ちで、腰を折って上体を前倒しし、まっすぐ伸ばした腕を付け根から動かして、のしのし、大股歩きで進みました。

応援の車が缶ジュースを渡してくれました。…と思ったらビールだった、どうしよう困った! 捨てることができずに、「シュワイガー! ビール! あげるね!」と前を歩くランナーに預けました。ごめん、いらなかったらまただれかに渡して!  ごめんありがとうごめん!!

呼吸はもう開放しました。
苦しいけど、このまま最後まで全開で行く。

残り6km地点で、沿道にマルコを発見。
マルコは道の反対側にいましたが、果敢に横断してすごい形相で武内さんの消息を確かめました。
「アキコダイジョーブダイジョーブ〜!!」
余裕の口ぶりから、かなり前に通過したことが伺われました。
合流の夢は諦め、自分の記録を少しでも縮めることに集中。

120kmゼッケンのランナーは他の部門に比べ少ないこともあり、「あの人120だよ」「すごい」というやりとりがそこかしこで聞こえました。
うっせえ! ほんとにすごい人はもうとっくにゴールしてるよ!
的はずれな苛立ちに襲われます。
「痛いとわたしはぶちゃくなる」というCMのコピーが頭をよぎりました。
きついとわたしは邪鬼になる。
爆発しそうなエネルギーの濁流が、体中をほとばしっていました。マグマを感じた。
荒々しい呼吸をばらまいて、わたしはギリギリの気持ちで脇目も振らずに突進していました。

喘いでいるのはガス欠のせいだと思われたのか、ひとりのランナーがエナジーバーを差し出してくれました。いらないごめんシェイシェイ! 
残り5km。
14時間切れるかもしれない。
エナジーバーのお兄ちゃんがなんでか並走してくれていましたが、「ニーシェン! ニーシェン!」武内さんに習った言葉をわたしは叫びました。「先行って!」です。「ニーシェン! シュワイガー!」お兄ちゃんを振り切りたいのだが、これ以上はどうあがいてもスピードアップできません。ノー!! むずがってさらに激しく爆走していると、さらにもうひとり、並走する人が増えていて、両隣をぴったり、ランナーに挟まれてひた走る謎のラストスパートになりました。
何だこれ。
でももうどうでもいいやと思ってわたしはわがままに走りました。何度も時計を見たので、14時間を切りたいのだという意図が伝わったんだと思います。左側のお兄さんが、腕時計のGPSを見ながら「3km」「2km」「1、5km」カウントダウンしてくれました。
頭がしびれてきた。
すごい追い込めてるうれしい。

ゴール直前は細い通路に入るため、3人での横並びを解体しなければなりませんでしたが、わたしはなんの遠慮もなく先頭を切りました。でも絶対間違ってないと思った。ここまでの流れと空気とポジションから自分が主役の場面だし、お互い譲り合うようなぬるたい茶番は御免でした。1時間前まではあんなに武内さんといっしょにゴールしたいと思っていたのに、もう今は、だれかとゴールするような馴れ合いは考えたくもありませんでした。

てめえらが勝手についてきたんだからな!  

車の運転中とか、気性が激しくなる人、いますね。…自分だな。免許絶対取っちゃだめだな。これが自分の本性なんだと思いました。鼻息すごいです。

フンガフンガ!!
わたしが行く! 

ただもう、1秒でも速くゴールすることで体がいっぱいでした。




57分を示すデジタルの明かりを目の端で捉え、わたしはゴールゲートに転がり込みました。

のちにネットでみつけた、だれかが作ってくれてた画像集。
力尽きてくたばる瞬間。
ゴール。