ナンハン120kmは、標高2330mまで60km上って、折り返して下る往復コースです。
午前4時、スタートして5kmも行くと集団はばらけ始めました。
ライトを持たないわたしは、俗に言われるコバンザメ走法(他人のライトの明るさを借りる走法)で日の出までを乗り切るつもりでしたが、周りの方のペースが速くてついていけません。
外灯は一切なく、どこまでも漆黒の闇でした。
以前東京で「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という、暗闇を体験するイベントに参加したことを思い出しました。確か5000円とかで、「本当の真っ暗闇」を味わえるエンターテイメントです。
のちに姉に話したら、「バッカじゃないの」と言いたげに、「なんで田舎者のあんたが都会人の集いに顔つっこんでんの」と蔑まれました。「暗闇なんてむかし普通にあったしょや。」
自らの出自を思い知らされました。
そして今また、ダイアログインザダーク・イン台湾。
暗闇体験をしています。
路面は整備されたコンクリートですが、わずかなつぎはぎに足をとられそうでこわいです。ゆっくり走りました。
午前5時。
武内さんがスタートしたなあ。…と思うことはなく、ダイアログインザダークのことをわたしは延々考え続けていました。
走っている最中は、脳内の有り余る暇をつぶすための、何か考えごとが必須アイテムです。
「ダイアログインザダーク」って言うだけで字数が稼げるので、「ダイアログインザダーク」、重宝しました。言いたくなっちゃう。「ダイアログインザダーク。」
マラソン中はすべての単語を絶対略して考えない。「スマホ」は「スマートフォン」だし、「ケンタ」は「ケンタッキーフライドチキン」です。
真っ黒だった世界に色が付き始めるまでは、最初はわかるかわからないか、ごくごく微妙な変化でした。それが、しゅわしゅわ明るさを帯びてからは、うわっと一気に山々のかたちが浮き彫りになって、眼前にひらけた雄大なパノラマがド迫力です。ひとりでに仕上がっていく絵画を見ているような感動がありました。
夜と朝は毎日必ず訪れているのに、なぜ今だけこんな、絵画が生まれる瞬間に立ち会っている気分になるのだろう。
不思議でしたが、それはきっと普段、完璧な暗闇の中に身を置いていないせいですね。街にはどこかに必ず灯りがあります。光の感動をダイレクトに100%味わうには、やはりダイアログインザダークだと思いました。わたしも今やもう立派な都会人です。