リタイアバスは朝7時に、ゴールのタロコに着きました。
会場にはたくさんのランナーがいました。
「えー!? クルミー? やめたの? どこまで行ったの?」
「メイビー……151km? あのあとすぐ。」
「そうだったの〜、おつかれさま〜!」
ゴールには皆とのねぎらいのハグが待っていて、敗者同士で仲良く傷をなめ合いました。
人の輪から少し離れたところに行って、リュックの中身を広げました。
「おつかれさまでした」の日本語が聞こえて、顔を上げると前方にトランクを整理している方がいました。あっ、あの人!
「昨日の、160kmの部の方ですよね? 優勝でした!? おめでとうございます!」
強い日差しの坂道をとぼとぼ歩いていたら、後ろから「お疲れさまです!」って日本語で声をかけてくださいました。「日本人ですか!?」「日本人です!」「速ーい! がんばってください!」のやりとりをしたのでした。ぶっちぎりのトップで、軽快な足さばきが眩しく見えたのを、よく覚えています。
だから、「いえいえ、リタイアでした。胃腸がだめになっちゃって。」の言葉には心底驚いて、ちょっと言葉が見つかりませんでした。
「大島です。」「若木です。」「フェイスブックで見ました。大会のやつに載ってましたよ。」そうかそうか、だから後ろからでも日本人だってわかったんだな。謎が解けました。
大島さんは丁寧な自己紹介をしてくださいました。これまでの華々しいラン歴の数々と、ここ最近は胃腸が弱くてリタイア続きだということ。
わたしは目からうろこが落ちる思いでした。情報全開! なのにこんなにすがすがしい!!
事実を正しく伝えることは、全然恥ずべきことではないんだとわたしは初めて知りました。
何か自分のことを質問されても、へらへら笑って話をそらして、挙動不審になってきたこれまででした。追求されるのが面倒だったし、なんなら泳がして相手の出方を見てやろうという気持ちだってありました。心理的に、ちょっとでも優位に立ちたくて。
大島さんの迷いのない自己紹介はとても気持ちがよかったです。だけどそう思えたのは、最後に「リタイア続き」で落としてくれたせいもあります〜! そこは認めざるを得ない! へ〜、こんなすごい人でも挫折してるんだ〜と思うと、リタイアに傷ついた心がわかりやすく慰められました。
トップランナーである大島さんですが、極めてきさくにお話してくださり感動しました。とにかく正直な方だという印象を受けました。「太陽サイドの人間」というふうにわたしの中では位置づけられました。この人に影響受けたい! と、わたしは日陰を探しながら思いました。
お話している間に、106kmトップの石川さんがゴール! 優勝〜!!
続いて246kmトップの井上さんもゴール、優勝〜!!
本来は大島さんも優勝する方だったんだよなと思うと、自分のふざけたマラソントークにまともに付き合わせているのが申し訳なく、ゴールしたトップランナーたちに、一刻も早くここに来て、会話のレベルを引きあげてほしいと思いました。
246kmを走破しきった井上さんは当然お疲れでいらして、表彰式までどこかへ休みに行かれました。お疲れさまでした。
我々のおしゃべりには、南横でも優勝された106kmの石川さんが参戦してくれました。話の厚みがもう、違います。キロ3分で走る話とか、それ人の足で走る話? わたしは唖然とするばかりでした。100kmマラソンを半分まで3時間で走った話など、異次元にも程があります。
そして246kmの竹田さんがゴール!
竹田さんは去年のスパルタスロンを日本人1位でゴールされた方でした。超尊敬。そんな竹田さんのブログには、「スパルタ初参加の時は日本人最下位だった私が、10年かけて日本人トップになれました」とあって、10年……!! 悠久の時を思うと痺れました。だれもが最初からスーパースターだったわけじゃないんですね。わたしも腐ってる場合じゃないのかなと、希望を与えてくださった方です。
竹田さんは今回手首を負傷しながらもきっちり上位で完走され、しかもすごいのが、246km走った直後なのに休憩もせずおしゃべりに加わってくださったことです。
「眠くないんですか!?」食ってかかると、「レース中いっぱい寝た」って笑っておられました。
ゴールした他の選手はもれなくしかばねになっているのに……。
偉人たちが集って会話はますますスパークしました。
怒られるかもしれないけど、竹田さんそんなに、太陽サイドの人じゃないと思う。会話の端々に過剰なサービスが散見されました。それで、日陰組のわたしは目を輝かせてそのあたりの掘り下げた話をせがんだのですが、だれかを貶めたりはしてくれなくて、ちぇっ。信用されてないなあと思いました。当然です。わたしはブログで陰口チクって読者ゲットしたりしたかったです。でも大丈夫、これ読んでるの最高でも14人です! ささやか! だから今度こそ、めくるめくランナー界の裏側をもっとつぶさに教えてほしいです。
いちばん年少の27歳、石川さんは、自分の秀でた能力を当然のものとして受け入れていて、自然体でありながら不思議と謙虚、かつ努力を怠らないって隙が無さ過ぎでした。わたしの間抜けな発言はしなやかな苦笑いで流し、レジェンドたちのためになるお話には、まっすぐなひとみで真剣に耳を傾けておられました。
台湾のおねえさんがわたしたちの集合写真を撮ってくださいました。
わあ〜良い一枚!
色バランスもいい、石川さんも楽しそうにしてるうれしい!
そう思ってなんの気なしに拡大してみて、戦慄。
ぎゃああああ!
いっ、石川さん……!
全然笑ってない……!!
目と口を、義務的に笑顔のかたちにしているだけだ……!!
だれにもバレない作り笑いの方法なら、わたしがいつでもレクチャーして差し上げます。