フライト時間が短くて、なおかつ航空券が安くて、タイとは違う雰囲気のところ。
タイの次の旅行先をどこにしようか決めかねていた時に、知人が「ロシア近いよ」と助言をくれました。
ロシアか!
それまで選択肢になかった国でしたが、暑いところから寒いところに飛ぶのは趣向が変わってとてもいいなと思いました。
どの都市に行きたいか、何を見たいか、計画を練る余裕はなく、空席のある格安航空券を探したところウラジオストクという空港がヒットしました。
……旅ってこういうことだっけ? 義務のようになってきている海外旅行に疑問を覚えながらも、深く考えないようにしました。
ロシア旅行にはビザが必要です。
ビザの申請は2週間プラン(最も安価)で取得する予定が、ロシア大使館の秋休みと被ってしまって1週間申請になり、出費が嵩んだ。けれども審査はとてもゆるくて簡単でした。(※後のインド旅行はビザ取得に失敗して行けなくなった)
羽田を出発する朝6時の便に確実に乗るため、空港で前泊します。
わたしは北海道から、武内さんは熊本から、それぞれ東京入り。
「最近飛行機すごい乗ってるよね」「ほんとに乗ってる人からしたら乗ってないと思うけどね」「それも考えた。」
などと話しながら、コンビニのおでんを食べました。
わたしは「コンビニでおでん買うの初めて」と言って武内さんに「うそでしょ」と驚かれた。
肉まんは買ったことあるけどおでんはない。システムが難しそうで間違うのが怖いから…。
ぼそぼそ白状すると、よくそれで海外旅行できるねと感心されました。
午前4時半、搭乗手続きの前に、後頭部の顔を描きました。
後頭部の表情と、自分の行き場のない心情がリンクします。
率直に、気が重かった。ただ、この顔を送ってきたのはアッシュさんなんだし、というのが言い訳になるので、無理して明るい気持ちを装わなくていいのはありがたかったです。
はい、チーズ! じゃねーよ!
クサクサしながらも、出発前に日本の方にもたくさんよろこんでもらえたので幸先がいいなと思いました。
早朝、だれもが徹夜明けのような妙なテンションです。
アッシュさんはお花が好きです。
きっとキティちゃんも好きだと思うと和みました。
見覚えのあるデザインが懐かしくて、1988年の柄の貯金箱持ってたー! などと、それぞれの子ども時代を振り返ります。
空の上からは、上等の羊毛みたいな雲の絨毯が見えました。
年賀状のことを考えました。
島も見えます。
地球儀を見ている気分です。
まばたきするのも惜しいようなめくるめく大地の造形を記録すべく、わたしも武内さんも競うように何枚も写真を撮りました。
はい、チーズ! じゃねーよ!
白けた気持ちが朝とともに少しずつ色付いていくようでした。
ほらほら〜、顔が固いよ〜、にっこりしてよ〜、と言って、武内さんがアッシュさんの表情をほぐそうと首筋をぐいぐい揉んできて、いってえな! そこほっぺじゃないんだけど!! 悪態をついているところ。
しかし不機嫌の一因だった寝不足は機内での爆睡でかなり解消されました。
今回はタイみたいに朝食つきのホテルじゃないからひもじいよね。と、今後のためを思って残しておいた機内食のパウンドケーキを結局わたしは乗り継ぎ待ちの間に食べてしまってどうしようもなかった。しかも武内さんの分まで奪って、ジャイアンでした。
年賀状のことを考えました。
地球儀を見ている気分です。
しかし、一拍置いて武内さんが、「すごいけどこういうの待受にしちゃうとセンス悪いよね」と言って、わかる。100%共感しました。神秘的なものほど俗っぽくなってしまう気がする。
眼下を流れていく大自然は、目を細めて見てみると宇宙から捉えた地球の表皮のようで、飛行機じゃなく宇宙船に乗っている気分になれました。
それから、山稜が細く枝分かれしている様に感嘆して、「キャベツの芯みたい」とぽつんとつぶやくと、武内さんが「山も川も、全部だよ。人間の血管も葉脈みたいに、先に行くほど細くなっていくんだよ」みたいなことを言ってぎゅっと手を握ってきて、ざざーっと鳥肌が立った。山脈に気をとられているふりで、隣の席の武内さんを見ないようにしました。「人生も、枝分かれしていくんだよ」とか言い出すのかなと思って張りつめた気持ちで続きを待ちましたが、それ以上のカルトなトークはありませんでした。
空港に着きました。
入国検査は個室のような区切られた空間で行われ、ひとり当りに費やす時間も長く、列はなかなか進みません。緊張しましたが、特に質問を受けることはなく、ビザの不備もなく無事に通過することができました。
ブラジボストック。
日本では「ウラジオストク」表記でしたが、現地の方は「ブラジボストック」と発音されています。
小さな空港です。
ホテルをネット予約したときに「空港までの送迎サービス」にチェックを入れておいたため安心して構えていたのですが、お迎えの方の姿は待てど暮らせど見えません。
ホテルに電話をかけてもつながりません。
眼下を流れていく大自然は、目を細めて見てみると宇宙から捉えた地球の表皮のようで、飛行機じゃなく宇宙船に乗っている気分になれました。
入国検査は個室のような区切られた空間で行われ、ひとり当りに費やす時間も長く、列はなかなか進みません。緊張しましたが、特に質問を受けることはなく、ビザの不備もなく無事に通過することができました。
ブラジボストック。
日本では「ウラジオストク」表記でしたが、現地の方は「ブラジボストック」と発音されています。
小さな空港です。
ホテルをネット予約したときに「空港までの送迎サービス」にチェックを入れておいたため安心して構えていたのですが、お迎えの方の姿は待てど暮らせど見えません。
ホテルに電話をかけてもつながりません。
呼び出し音がやっと鳴って、通話が可能になりました。しかし発音が悪いのか、送迎どころか予約の確認すら取れません。
一旦切って、深呼吸してから再び電話。話は通じたものの、回答は「ソーリー、送迎はできない、タクシーで来るように」とのことでした。
あちゃー……。
一旦切って、深呼吸してから再び電話。話は通じたものの、回答は「ソーリー、送迎はできない、タクシーで来るように」とのことでした。
あちゃー……。
とりあえずホテルまでは何も考えなくても行けるつもりでいたので、ウラジオストクの予備知識がまるでありません。書店でロシアのガイドブックを探しても、ウラジオストクの情報はわずか2ページしかなかったということもあります。
困りました。
困りましたが幸いにも空港にフリーWi-Fiがあり、インターネットを使うことができました。
まず、空港から市内まで歩いていける距離かどうかを調べてみます。
結果は50km以上。
徒歩は却下です。
となると、お金を両替しないと…。
タクシーの客引きもたくさんいましたが、節約とトラブル回避のため公共交通機関を利用することにしました。
ちいさなバスに乗り込みました。
ちっとも発車しないバスの窓からは、長身の男女が早足で颯爽と歩いていくのが見えます。
暖色と寒色、花柄と豹柄、レースとキルティング。
個性ぶつかるテキスタイルによって構成された車内は、PTAのバザーを思い起こさせます。
単にノスタルジックというよりは、主張の強い母親同士の内戦を見ているようで、そわそわしました。
運賃は90ルーブル。200円ほどです。
やっすい!
関空バスの10分の1以下でした。
さて、一緒にバスを降り、「わたしについてきて」と言うように力強くうなづいていた女性客の後を追って乗り換えた4番バスですが、運転手にスマホ画面の地図を見せると首をすくめられてしまいました。「わたしについてきて」はこちらの勘違いだったようです。
どうしたら良いか運転手さんを質問攻めにしましたが、「イングリッシュ、ノー」とお手上げの様子です。
「降りる、降りる」とジェスチャーで伝えると、バス停でもなさそうなところでポイッと降ろしてくれました。迷子の我々を憐れんでか、運賃も無料で良かった。親切でした。
「元祖、根昆布」と書かれたワゴン車が道路をだるそうに走っていきます。
日本の中古車がロシアに流れてきているようです。
ここがどこなのか見当もつきませんが、前か、後ろか、右か、左か、とにかく歩き出すしかありません。
最終手段のタクシーを使うべきところなのかもしれませんが、そもそもタクシーは走っていないのでした。
武内さんが、「今、テレビと同じくらい途方に暮れてるね。」と言いました。
意味がわからず補足を求めると、途方に暮れるという趣旨の旅番組があって、それ並みに手がかりがない、ということでした。
タレントは番組の企画に乗ってる立場だから仕方がないけど、自分で企画しておいてこのざまなのはなぜだろうと不思議に思いました。
ロシアに上陸したことだしアッシュさんへの責務は果たしたと思ったのですが、次のお客さんの顔が描き上がる前に降りることになってしまいました。
が、目当てのコンフォートインらしきホテルはありません。
通行人に聞いても「わからない」という反応ばかりです。
「comfort inn」、「comfort inn」…。
コンフォートの看板を探していたら、武内さんの、これじゃない? という確信に満ちた声がしました。
えー…。でも「comfort inn」って書いてないよ。
恐る恐るドアを押してみましたが、薄暗い中華レストランがあるだけです。
やっぱり違った…。失望した瞬間、旅人っぽい荷物のわたしたちを見た店員さんが「二階へ」とジェスチャーで教えてくれました。
驚きと安堵とでずるずる力が抜けました。
ホテルにはフロントがなく、二階の一室がスタッフルームになっています。
スタッフの方は英語が一切話せず、英語担当の方と電話でやりとりをして部屋を選びます。ここがいい、とわたしたちが希望する部屋と、おすすめされる部屋とが異なっていて、多少時間がかかりました。
せっかく路頭に迷うならアッシュさんを道連れにしようと、後頭部の気持ちの切り替えは先延ばしにして、中途半端な顔のまま歩きます。
足を止めてくれた3人目の若者に、控えておいたホテルの住所を見せて方角を教えてもらいます。
若者が開いてくれた、ロシア版のスマホ画面を写真に撮らせてもらいました。思った以上に英語が通じない中で、このロシア語の住所が非常に役立ちました。
若者が開いてくれた、ロシア版のスマホ画面を写真に撮らせてもらいました。思った以上に英語が通じない中で、このロシア語の住所が非常に役立ちました。
タイでの陽気な笑顔に慣れきったわたしは若者の整った真顔が不安で、にやにやしながら「まつげがソーロングですね」などと言って和ませようとしたのですが、彼の表情は凍りついたままぴくりともしなかった。わたしは、「きっと氷の女王に魔法にかけられて笑えないんだ…」とファンタジーの世界に逃げて、泣くのを我慢しました。微笑すら見せなかった彼が、しかし去り際、直立不動で見送るわたしたちを振り返り、大きく縦に腕を振って方角を示してくれたのが、痺れるほど良いシーンでした。
刻々と暗くなっていく夕暮れに焦りが募ります。
方角を定めて歩き始めたはいいものの、多叉路にぶつかってわからなくなりました。
また、人に道を聞きます。
英語が全く通じない…。
足を止めてくれる人は半々です。
薄ピンクのダウンを来た奥さんが、バス停を教えてくれました。
歩いて行くのは諦めておとなしくバスに乗ることにしました。
方角を定めて歩き始めたはいいものの、多叉路にぶつかってわからなくなりました。
また、人に道を聞きます。
英語が全く通じない…。
足を止めてくれる人は半々です。
薄ピンクのダウンを来た奥さんが、バス停を教えてくれました。
歩いて行くのは諦めておとなしくバスに乗ることにしました。
どう発音していいかわからず、呼び方を「よんアー」に決めました。
空港バスのお母さんが言っていたのは、「4番」じゃなくて「4アー」だったのか!
ロシア語の洗礼を受けました。
バスの運転手さんに住所を見せると、しかるべきところで降ろしてくださいました。が、目当てのコンフォートインらしきホテルはありません。
通行人に聞いても「わからない」という反応ばかりです。
「comfort inn」、「comfort inn」…。
コンフォートの看板を探していたら、武内さんの、これじゃない? という確信に満ちた声がしました。
えー…。でも「comfort inn」って書いてないよ。
恐る恐るドアを押してみましたが、薄暗い中華レストランがあるだけです。
やっぱり違った…。失望した瞬間、旅人っぽい荷物のわたしたちを見た店員さんが「二階へ」とジェスチャーで教えてくれました。
驚きと安堵とでずるずる力が抜けました。
ホテルにはフロントがなく、二階の一室がスタッフルームになっています。
スタッフの方は英語が一切話せず、英語担当の方と電話でやりとりをして部屋を選びます。ここがいい、とわたしたちが希望する部屋と、おすすめされる部屋とが異なっていて、多少時間がかかりました。
つ、着いた……。
わたしも武内さんも英語全然できないと思っていたし、実際できないのですが、それでもWhatとかThisとかGoとか、ちょっとは……ちょっとはできるじゃないですか…。
わたしたち英語できたんだな、と生まれて初めて思いました。
場当たり的なわたしの行動で武内さんを振り回して、これが新婚旅行だったら成田離婚される級の使えなさでした。でも元々頼れる人物ではないのでそんなに期待もされていなかったようで、武内さんは想定の範囲内という顔で飄々としていました。
ごめん。
言い出せず、「描きかけの後頭部の顔を仕上げたら、気持ちを切り替えて、楽しまなくては、楽しませなくては」と心の中で思いました。
わたしたち英語できたんだな、と生まれて初めて思いました。
場当たり的なわたしの行動で武内さんを振り回して、これが新婚旅行だったら成田離婚される級の使えなさでした。でも元々頼れる人物ではないのでそんなに期待もされていなかったようで、武内さんは想定の範囲内という顔で飄々としていました。
ごめん。
言い出せず、「描きかけの後頭部の顔を仕上げたら、気持ちを切り替えて、楽しまなくては、楽しませなくては」と心の中で思いました。
だがしかし体はなかなか起き上がることができません。うずくまったまま、
「ロシアは、暗くて、寒くて、ネットが遅い。」
知人にメールをしました。
次の後頭部は超明るい顔の人を描こう…。
アッシュさんの苦い顔は、ロシアによく馴染んでいて、迷子も、さまになりました。
暗くて寒くてネットが遅いロシアですが、美女率がものすごく高くて、迷っている間もわたしは幸せでした。
今後も美女だけを目当てにがんばろう、とロシア旅行の指針を決めました。
おつかれさまでした。
ありがとうございました。