後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2015年1月8日木曜日

さえこさんどんぶらおを放す


後頭部を描き変える場所に困って、購買のとなりのトイレに入りました。
外は寒すぎました。
電気壊れてんじゃないの? と言いたくなるぐらい暗いトイレで、描きました。

「久保さえこです。よろしくお願いします」
簡潔なメール大賞、さえこさんです!

描けました!
髪型に限界がありましたが、後頭部にすごくしっくり収まって、親しみを持てました。

窓際の暖房のそばからいつまでも離れられません。
大学の中にいると学生気分になるので、ぐずぐずしてしまうのを正当化できました。
何人かの学生に後頭部を撮られました。
全員足が長く、女子はかわいく、スカウトマンじゃなくても垂涎の場所でした。

立派なグラウンドです。トレーニングジムもありました。学費高そう。

わたしの母校には小さな土の運動場があるだけでした。えらい違いです。

テニスコートを使って、地球儀のビーチボールでバレーをしました。

強風のためラリー続かず。

凧揚げも不調に終わりました。

船着き場に行って、船の時刻表がないか見に行くことにしました。


足下は、透明度の高い海です。

ネットで調べた旅行客の記事によると、島と本土とを船で行き来したそうでした。
ただし記事は3年前のもので、「島には何もないと聞いていたが本当に何もない。唯一あったのが軍事基地。」とのこと。
今では大学もできているし、橋も通っています。
ここ数年で一気に栄えたようです。


船に乗りたいわたしたちは、釣り人に船の時間を聞いてみましたが、ホワットタイムも、シップ、ボートも、……セーリング、クルーズ…。言葉が通じません。


メモ帳に絵を描いて筆談すると、船はない、バスだけだ、というお答えでした。


「アフトーブス、アフトーブス!」
アフトーブスはバスを意味するロシア語です。何度となく繰り返されたやりとりの中でおのずとわかってきました。
教材じゃなく生活から言語を学ぶ、赤ちゃん以来の経験でした。

海が濃いです寒いです!

釣れましたか? 
尋ねると、「これこれ!」と、魚らしくないキャラクターの生物を見せてくださいました。

「あげる、あげる」という釣り人のジェスチャーに、「えっほんとですか! 食べられるんですか?」とすっとんきょうな声をあげて、恐る恐る持ち上げました。


…もらってもね。
海に帰そうよ。

命名「どんぶらお」は、喘ぐようにかすかなエラ呼吸をしています。

通りがかった中国人セレブが海にぶん投げようとするのを止めて、砂浜まで行きました。

みんなでいっしょに、どんぶらおの船出を見送ります。



水に入れてもじっと動かないどんぶらおに「ゴーゴー!」必死でエールを送りましたが、どんぶらおは動きません。舌打ちと共に、セレブが棒きれでつついて虐待スレスレの喝を入れ出して、そっと見守ろうとしていたわたしと武内さんは仰天しました。「え……?」とセレブを見つめましたが、グラサンの奥に隠れた目の表情は読み取れません。
ああ、動かないわー。
と言って女性は去り、今のなんだったんだろう? 残ったふたりは茫然と立ち尽くしました。


……。
いじめ…ではないよね?
うん、純粋な応援だよ。
でも、すごいたのしんでね。
……いきいきしてたよね。
…。
どんぶらお、大丈夫かな?
……。
……。
動いた! 動いたよ!
生きてるね! 
助かってよかったね!

少しずつ動き出した生き物を「どんぶらおー! 元気でねー!」と見送ると、少し体があたたまったような気がして、でもそれはどんぶらおとの出会いのためではなく、腹の底から発声したおかげだと思われました。


一見雑に思えた中国人女性の行動も、水中の生き物であるどんぶらおを早く海に帰すための性急さだったのではないか、彼女のほうがどんぶらお思いだったのではないかと話しましたが、でも入水してから棒でつついている様子はやっぱりただのSの人にしか見えませんでした。


帰ろっか。
大学に引き返すと、あんなに探していた食堂が何件もありました。

英語のできる人は割と話しかけてきてくれます。

レストランを見つけ、念願の学食にありつけました。
あたたかい食べ物がしみじみうれしいです。

武内さんのうしろの女がかわいいと思ってちらちら盗撮していると、彼女らが席を立つときに、こちらへ来て話しかけてきてくれました。

アーユージャパニーズ?
あ、そうですでもさっきは中国の女と話したし、あきちゃんは中国語しゃべれますよ!
選択肢を狭めたくなくてどう答えようか迷っていると、なんと「ワタシハ日本語ヲ勉強シテイマス」と言ってきてくれて、恋が生まれる絶好のシチュエーションでした。

(というのが2ヶ月たった今のわたしの記憶だったのですが、事実は、女の子が習っていたのは日本語ではなく中国語だったそうです。それで、武内さんが中国語で少し会話をして、ロシアにいるのに、ロシア語でも英語でも、母国語の日本語でもない、中国語で話ができるなんてすごいなあと思った、という話でした。実際に中国語で話したのは武内さんだったのですが、話しているシーンがなんとなく脳内で自分に置き換わって、このような記憶の改ざんにつながったようです。「ワタシハ日本語ヲ勉強シテイマス」とまで言わせといてひどい。すごい、無意識のうちに超さみしい人な創作をしていることが浮き彫りになって、落ち込んだ。)

それにしてもきれいな女でした。
ロシアの照明がどこも薄暗いのは経済的な理由からだと思っていたのですが、女が美しいからじゃないの? という新説が浮かびました。
以下、仮説を並べますね。

•明るい照明でアラを飛ばさなくてもパーフェクトな色白だから、明るくする必要がない。

•女の美貌から放たれる輝くばかりのオーラが暗がりを照らすため、照明を必要としない。

自分で思いついておきながら、日本に帰りたくなりました。
わたしも光がほしい。

セルフサービスの学食で賑わう隣は、全く人のいないスシバーだったのですが、客が来ないのは照明が暗いからじゃない? アジア推しにするならレフ版とか置いてほしいと思いました。

美術科の教室になんとか入りたくて扉の前をうろうろ張っていたのですが、入り口には鍵がかかっていて隙なしです。ロシアの学生がどんな絵を描くのか、ものすごく気になりました。みんなしょぼければいいなあ、自信つけたいなあと思っていたのですが、確認できませんでした。

「ザ イースタン フェデラル ユニバーシティ」。
極東連邦大学。大層な名前です。
2012年9月にロシアで初めてのAPEC首脳会談がルースキー島で開催、それに伴って、世界最長の斜長橋ルースキー橋、そして極東連邦大学が建設されたそうです。
あとで調べた。
2013年には島内に世界最大級の「沿海地方海洋水族館」も完成予定……って、2014年の今、水族館はどこにあったんだろう。ちっとも知りませんでしたが、でもどんぶらおと交流できたので悔いはありません。

APECと言えば、先日行った北京の天安門広場でも、ちょうどAPECに合わせた飾り付けがされていました。思いがけずAPECの跡地を回ることになって、大統領みたいでした。



バスでは眠りこけていたわけではないのですが、どこまで乗っても一律料金というお得感になんとなく気迫が欠けて、降り損ねたと気づいた頃にはとんでもなく遠くまで来てしまっていたようでした。

地図を見せて、運転手(英語不可)に身の行く末を相談します。
まずいことになったと思いながらそのまま乗っていると、終点で止まったバスはそのままUターンして、わたしたちはまたルースキー島に向けて出発することになりました。
我々のやりとりを見ていた乗客(英語不可)の方々と運転手が、何やら議論しています。そのうちのひとり、厳しい顔をしていたマダムが、携帯でご家族(?)と話し始めました。早口に交じって、アフトーブス、と聞き取れます。電話を切ると、他の乗客に、「わたしにまかせて」と言い放ったようでした。心配無用、というようにこちらへ向けて目配せしてくれた彼女が頼もしく、全幅の信頼を置いて、わたしたちはバスに揺られました。

マダムが、乗り換えるべきバス停まで案内してくれました。

やさしいなあ、ありがとうございます。何番に乗ればいいでしょうか? 
質問しますが、言葉が通じません。
マダムもいっしょにバス待ちをしてくれています。
わたしたちの願いは、「たまたま帰りの方向がいっしょだっただけ」でありますようにというその一点に尽きました。本当はここから余裕で歩いて帰れるぐらい、生命力あるんだよなあ。すごく困っている旅人だと思われてるけど、実はちょっと普通じゃなく強いというのが、申し訳ない限りでした。


キャッキャキャッキャはしゃぐわたしたちの傍らで、なかなか来ないバスにマダムがいらだっているのがわかります。


全然、わたしたちは待ち時間を満喫していますという気持ちで、マトリョーシカを取り出して遊んでいると、業を煮やしたマダムが、「いくわよ!」とタクシーを止めました。
ひえー、待つのに飽きて遊んでたわけじゃないんです! と慌てましたが、マダムは我々を後部座席に押し込んで自らは助手席に座り、運転手に猛烈な早口で行き先を指示しています。

タクシー、発車!!

裏道をぶっとばすタクシーはあっという間にホテルの裏手に到着して、しかしマダムはわたしたちの差し出す運賃を受け取ってはくれず、そして彼女はそのまま、歩いて横断歩道を渡って、消えていったのでした。
マダムの姿が見えなくなるまでわたしたちは何度も何度も手をふって見送り、女の人にやさしくされるって特別にうれしいなと思いました。ゴッドマザーでした。

今日は、見送ったり見送られたりした一日だった、と今日一日の出来事を振り返りました。
人と関わると、人以外では補えない充足感があります。
シャワーの温度は不安定でしたが、満足度の高い一日でした。




昨日拾った段ボールで、マトリョーシカの簡易変身グッズを制作して、寝ました。

当初は、さえこさんのお写真の背景の居酒屋に倣って、繁華街でバーに行こうとか計画していたのですが、バス乗り過ごし事件のために実現しませんでした…。
さえこさんごめんなさい。
不思議な旅をありがとうございました!