後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2015年1月7日水曜日

ぽっぽさんルースキー島へ


熊本の坂本善三美術館の方から、「ぽっぽさんが『やっぱり旅券買えばよかった』って言ってるけど。」と聞きつけて、美術館に窓口になっていただきました。

ぽっぽさんご参加ありがとうございます!
「やっぱり〜すればよかった」って、うれしくなる反応です。

前日拾った、4本ラインの偽アディダスを履いて、これからルースキー島へ向かいます。


剥がれた靴底は日本から持参した瞬間接着剤でくっつけました。

ルースキー島が、本土と橋でつながっていることを確認。距離にして20kmもありません。
マラソンの練習も兼ねて、武内さんと走って行きました。


快調にアップダウンを進みます。
道がわからなくなって、毛皮の帽子で防寒した黒ずくめのポリス集団に地図を見せると、黄色い13番で行け、とバス停を指されました。
走っていくので、とランの腕ふりをしても、やっぱりバスが一推しです。
「ナウ、ヒア…?」現在地を教えてもらいました。適当に走ってきたのにどんぴしゃで合っていて感激しました。
ルースキー島まで、あとは一本道です。
走って行けそうではありませんか。
「スパシーヴァ!」
お礼を言って10歩ぐらい進むと、うしろで火を噴くような爆発音がはじけました。だれかの笑い声です。
あ、後頭部かな? 
今気づかれたかと思って振り向くと、4〜5人いるうちのひとりが笑いの発作に身悶えしていて、わたしは「へえ〜、ロシア人も声に出して笑ったりするんだ〜。」と物珍しく観察しました。
首をかしげて後ろ手にダブルピースをすると、笑い転げる同僚につられたように他の人たちも苦笑いしながら「グー」と親指を突き出してくださいました。

今日の後頭部の顔がこの笑顔だったからこそ相手も笑いやすかったのかな、と思います。真顔だったらまた違う反応だったかもしれません。

さっきのポリスが警備をしていた建物には、イカリマークがついていました。
彼らは海上警察だったようです。そういえば陸のポリスよりも人生に漂ってる感じがあった、と記憶に雑な印象操作をしました。

S字カーブの坂道のてっぺんには雪の溜まりがありました。
撮影をしてくれていた武内さんがカメラをしまうのを見計らって、至近距離から雪玉を投げつけると「撮ってない時にぶつけるとかひどい」と言って立腹された。奇襲を仕掛けたわたしに武内さんは礼儀として反撃してくれましたが、荷物が重いので動きが鈍く、雪合戦はたいして盛り上がらずに終わりました。

人は全くと言っていいほど歩いていません。
バスから降りてきた女性をつかまえて、島までこの道でいいかを聞きました。
道は合っているようでしたが、バスを猛プッシュされて、みんなバス大好きだなあ、歩く習慣ってないんだろうなと思いました。

向こうに、海が見えました!

道なりに、右方向かな?
PYCCKИЙ…。
これでルースキーって読むのでは?
このときやっと、ロシア語ではPの音はRなんだと気づいたのでした。そういえば昨日のレーチカもPで始まっていました。
日本語だと、「れ」を「ね」と読むようなものでしょうか。自国の読み方が世界では通用しないって、それは英語やる気なくなるよなあと思いました。ロシアで英語が浸透していない理由の一端に、少し触れた気がしました。

霜の降りた草地を歩くとサクサク音がして、足裏に、かたくなった雑草のわずかな抵抗を感じます。

かたわらの岩肌にはところどころに氷の塊が残っていました。

滝が壁にしがみついて、ロッククライミングをしているようです。

マトリョーシカを氷の斜面から滑らせて、ウィンタースポーツをたのしみました。

ウラジオストクとルースキー島とをつなぐ、橋の始点はすぐそこです。
やたらと「バス、バス」言われたのでまだまだ遠いのかと覚悟していましたが、良いペースで来られました。
反対車線側には門番らしきおじさんがいます。手を振ってコンタクトを試みましたが、うつむいて行ったり来たり歩いている彼に、我々の姿は映らないようです。
歩行通路のゲートは閉まっているものの、一応人が通れるスペースはあるし、張り紙のロシア語は読めないし…。
よいしょっ、とフェンスをまたいで歩き始めました。

…と、しばらく行ったところでおじさんの声が聞こえました。
「バック、バック!」戻るようにという慌てたアクションです。
やっぱりだめかあー。
車両以外は通行禁止になっていて、おじさんが近くのバス停まで案内してくれました。

バスは10分ほどでやってきました。
海上警察が指示していた通りの黄色いバスです。
20人がやっと乗れるくらいの、小さなバスに乗り込みました。

カーブを揺られているうちに、人がたくさん待っている賑やかなポイントに着きました。
乗客全員がここで下車します。
お前たちどうするんだ、というように運転手さんがこちらを振り返ります。
えーと…。どこがおすすめですか…?
どのみち通じない英語で話すと、バスはまた困ったように走り出しましたが、すぐに止まってあっという間の終点でした。



おなかすいた。お店ないかな。
珍しく武内さんが飢えを訴えます。そういえば朝ご飯を食べていません。
武内さんが隠し持っていた非常食の「きのこの山」を食べてしのぎました。

小さな島なので遭難することはなかろう、と国道に背を向け野山を探検しに行きました。

見事に単調な一本道に、横切る木の影が美しく、何度も深呼吸。

ポイ捨てされたビール瓶には埃が分厚く降り積もっていて、時間の経過を感じました。枯れた葉っぱともよく調和していました。



林にマトリョーシカを並べていると、視界に何か、何か気配を感じました。
息をひそめて目をこらします。


……。

……何!!
恐怖で全身が硬直しました。



牛でした!

赤い服着てなくてよかった!
飼い主の姿は見えませんでした。牛の単独(群れだけど)行動なら偉いと思いました。

ぽっぽさんの住んでいる阿蘇小国ではジャージー牛が有名なのですが、ルースキー島の特産は何牛なのかが気になりました。



雪の残り方が春先のようで、日差しがやわらかです。
昨日背中に貼ったホッカイロが、もう24時間も経つのにまだあったかいなあ。
幸せをかみしめていると、頭の中にフラッシュバックしてきたシーンがあって、膝から崩れそうになりました。カイロの粘着面にびっしりくっついている衣類の繊維一本一本が、記憶のスクリーンに広がりました。

わたし……ホッカイロ、ホテルで剥がしてきたんだった………。

今日感じた背中のあたたかさは、つまり完全な「気のせい」でした。
ホッカイロを貼ってるって思い込むだけであったかくなれるなんて…。
なんていうか…。
なんてたくましい脳みそ…っていうか体がバカなの?

ホッカイロの包装紙に「○○時間持続! ただし体感には個人差があります」と書いてあったことを思い出して、ああ、わたしはこっち側の人でよかった、と心から思いました。
個人差界の女王です。

遺跡を発見しましたが、原型がわかりません。

壁のあちらとこちらでタイムスリップごっこができそうでした。

車通りは割とあって、すれ違う人もゼロではないので、集落が近くにありそうです。


もう少し探索したくてまた林の小道に入りました。
ジョギングペースでゆっくり走ります。



ん? と思うものがたくさん落ちていました。


見事な円形のくぼみに足を下ろすと、思った以上に地盤がゆるくて、吸い込まれる! とひやっとしました。異世界へ続く穴であるとか、また夢見がちなことを考えてしまいました。
一方武内さんも同じようにアリス設定を空想していたらしく、「もし今ここに自分ひとりが取り残されたら、くるみちゃんを追って自分も穴に落ちるのか、それともだれか呼びに行くのか、悩んでる。」と眉間にしわを寄せていました。
討論の末、ふたりとも現実世界に戻ってこられないというのが最悪のパターンなので、それよりは状況を知っている生存者が、だれか援護を読んでくるべきという結論になりました。けれでも自分たちが話しているのはあくまでファンタジーの話なので、武内さんがもし救援隊を連れて来てくれたとしても、穴はもうどこにも見当たらなくて、事実を話せば話すほど狂人扱いされるに違いないと思いました。芸術家だから頭おかしいんだとかいうレッテルを貼られたり。だから結局は武内さんも、この穴ではないけどどこかもっと精神的な穴に落ちる、という残酷な結末になります。
ふたりとも今のところまだ落ちていなくて、よかったです。たぶん。


「ロシア、タイヤが余ってるんだろうね」と武内さんが言いました。
そういえば、街にも山にもタイヤがごろごろ転がっていました。
タイヤを捨てる場所が決まってないんじゃないかと話しました。


変な植物と思ったらペットボトルです。
どうせポイ捨てするならこういうやり方のほうが粋だと思ってしまいました。

枯れ葉のベッドは、アルプスの少女ハイジからの、ずっとやってみたかった憧れです。

寝心地はなかなか快適でしたが、よくよく考えてみると、確かハイジは枯れ葉じゃなく干し草のベッドに寝たのでした。


木の内側にもうひとつ木が生えている、二人羽織の木? が衝撃でした。
細い木を飲み込むように太い木が周りを覆っていったのか、太い木の内部を押しのけるように細い木が地面からせり出したのか、いずれにせよグロいと思いました。

気持ちのよいトレイルが続きます。
基本的には緩やかな坂道なのですが、時々急斜面もあって、降り積もった枯れ葉の地面を滑り落ちるように走るのがスリリングでした。毎日ここを走ったら強くなれそうです。
空気がおいしく風は心地よく、ロシアに来てから今が最もたのしいと思いました。
別に野山なんてロシアじゃなくったってあるだろうに、と苦笑い。
言い訳するみたいに、武内さんと走りながら会話をしました。

東京じゃこんな、こんな近くにこんな自然ないもんね! 特別な体験だよね!
特別だよ! 東京にこんな場所があったら人でいっぱいで、ひとりじめにはできないよ!
…わたし、東京じゃないけどね!!
ぽっぽさんも東京じゃないけどね! ていうか小国こそ自然でいっぱいだよね。人もいないよ。

……東京比較の手は使えませんでした。
ここで、武内さんのビデオカメラがないことに気づく。
引き返す後ろ姿を見送りました。


武内さんが探しに戻っている間は不安でいっぱいで、現実にはどんなに短時間だったとしても、待っている時間は必ずとても長いと実感しました。

ビデオはさっき寝そべっていた場所にぽつんと転がっていたそうです。
タイのスマホ紛失ショックの再来にはなりませんでした。

視界が開けたその先には、近代の街並がしっかり並んでいました。
文明!

得意の凧揚げを試みる武内さんでしたが、風はあるのにうまくいきません。

ロシアビザセンターのクリアファイルをお尻に敷いて、坂道の氷を滑り台に遊びました。

ビザセンターも、まさかこんな使い方をされているとは思わないだろう。
よく滑る、うってつけのアイテムでした。

あの大きい建物なんだと思う? 
人の出入り、あるね。ショッピングモールかな。食べ物やさん、あるかな。あるよ絶対あるよ。


浮き立つ心を隠しもせずに近づくと、そこは、ギリシャ以来の、ユニバーシティ、でした! 大学!!
けれども喜び勇んで構内に入ろうとすると、学生証の提示を求められました。一般人は入れません。
 
それでもこれだけ敷地が広いんだから、どこかは入れんじゃないの? と、諦めきれずに場所を変えてチャレンジしましたが、セキュリティはバッチリで警備の方にちゃんと見つかりました。

おかしいなあ、まだそんなに見た目はババアじゃないはずなのになあ。もう大学生はきついかなあ。
正面からは後頭部見えないはずだけど、やっぱり怪しいにおいがするのかな…。


購買を探してうろついていると美術科の教室もあって、キャンパスライフがうらやましかったです。みんなイーゼルで絵を描いていた。
わたしは石膏像の後頭部と並んでぽっぽさんの写真を撮りました。

探し求めた、スーパーらしき建物を発見しました。
入場制限も、ありませんでした!

これが買い物の成果です。
またお菓子…。
武内さんはちゃんとサンドイッチを選びました。

これはクグロフというヨーロッパのお菓子です。
せめてロシアっぽいものを食べられてよかったです。

クレープだと思って買った皮は、光に透けるほど薄いナンで、どこまでもどこまでも長く伸びるので驚愕でした。しかも薄いくせに途切れません。すごい強度です。食べ物以外にもっと有意義な用途がありそうでした。マフラーとか。
味はチーズ香料がきつくてしょっぱく、もっと穏やかな、無味に近い味を想像していたわたしは率直に言って辟易しました。

一方、武内さんがヨーグルトだと思ってチューチュー吸ったボトルの中身は練乳で、これさえあればいつでも遭難できるハイカロリー食でした。
驚きに満ちた昼食でした。

アロンアロファでくっつけた靴底はべろんと剥がれてしまいましたが、野山で活躍してくれて大助かりでした。
ぽっぽさん、冒険をありがとうございました!