見回りの大会車がスピードを落として我々を追走する際、彼は車中のスタッフの方と、わからない言葉を何ラリーも続けていました。
ギリシャ語でしょうか。英語ではなかったです。
ホェアー アーユー フロム?
ホワッチュア ネーム?
返事はありません。
首を横に振られます。
「しゃべるな、走れ」の厳しいまなざし。
歩道はなく、道路の路肩を走りました。
手をつないで真横に、車が来たら手をつないだまま前後になってカニみたいに。
ふたりの姿が微笑ましかったのか、エイドに着くと無数のシャッターが切られました。
でへへ〜。助けてもらっちゃいました〜。
通訳を介して、やっと少しだけ話せました。
「お前ひとりで来てるのか?」「ううん、ゴールにいるよ。アキコ。マイベストフレンド!」
彼は座って補給をされています。わたしは先を急ぎたい。
「お兄ちゃん行くねー!」日本語で叫んだら、また手をつないでくれました。
手に手をとりあって、並走。
目の前には長い上り坂が立ちはだかっています。
レースの、最後の最後に残されたふたこぶです。続けざまに連なるふたつの坂道でわたしは呼吸が限界で、ヒイヒイからキャンキャンにグレードアップ。
もう行けない、先行って……。
過呼吸に悶え、どうかお先にと嘆願しましたが、見捨ててはもらえません。家畜のように手をひかれて、わたしはだらしなく坂道を上りました。上りきりました。泣けた。
ここからもうじき、下りです。
お兄さんのほうがずっと速い。わたしはついていけません。手を、離してもらわねば。
坂を上りきってから下るまでのわずかな平地の区間は、別れの予感を胸に、ともに静かに走りました。
言葉で伝えられないから、手を握る強弱で思いを交わします。
強く、弱く、握って握り返され、握られて握り返す。
濃密な手のひらの中の時間をわたしはこそばゆく抱きしめ、最後に小さく力を込めて、あたたかな手をほどきました。
「ありがとう。エフハリスト!」