100km以上走ったのは半年ぶりでした。
101kmのエイド。
CP29、サポーターとの接触が許されているポイントですが、武内さんの姿は見えません。
ご主人の応援に来ている日本の奥様が、「明子ちゃんはアニータと合流して、大丈夫って、心配いらないって」と伝言をくださいましたが、わたしはもう、明子のことはどうでも良くなっていました。水分を補給するのに必死で、ジュースを胃にだぶだぶ流し込みながら、「もう会えないと思ってる、大丈夫。」硬い表情で答えました。
ほんとは少しだけ、このエイドで会えるかなって期待していたのでした。
撮影に備えて一瞬だけフォームをかっこよく正してみたり、「どうしたの!? 速いじゃん!」って驚かれる心づもりをしてみたり。
日も暮れかけてやっと涼しく、脚は重いけど、今が一番走り易い時間帯です。
遥か前方にぼんやりと、タンクトップの女性が腰をかがめています。車のドアを開け閉めしている様子。
アニータだという確信はありません。
人の名前を間違えるのは、大会前にさんざんやらかしました。
もう今は、人違いでしたって顔すればいいや、別に今さら恥ずかしくないや。
もう今は、人違いでしたって顔すればいいや、別に今さら恥ずかしくないや。
わたしは心細かったのかもしれません。なんとなく寂しくて、自分の声が聞きたくなって、「アニータ!」そう大きく叫ぶと、
アニータ!?
本物?
アニータっぽい人は振り向いてくれたけど、顔すらうろ覚えだったわたしは彼女が本物のアニータだとはにわかに信じられず、呼びかけておきながら小首をかしげてしまいました。
そしたら反対側のドアから日本人サイズの小さいのがころがり出てきて、あきちゃん! 本物なんだね!? 本物のアニータとあきちゃんなんだね!
「くるちゃん速い! ハズバンド、ちょっと先を走ってるよ! ていうか、よく見つけたね!!」
どうやらわたしはアニータのご主人に追いつきかけているらしく、ここでやっと、応援の車と会えたのでした。想定外の健闘です。
「ケーキあるよ!」
武内さんが紙箱の蓋を開けて傾けると、中には粉砂糖をかぶった黄金色のミルフィーユが苺の赤を抱いて輝いており、ま、まぶしい……。「何その食べにくそうな物体」とわたしは思いました。
ミルフィーユは難易度高いよ。第一、今、生クリームとかとてもじゃないけど受け付けない……。
ごめん食欲ない……。
元気なくかぶりを振ると、「何なら食べられる!?」と武内さん。
ゼリーかな…。
「わかったすぐ持ってく!」
力強い言葉通り、じきにクラクションとともに車が近づいてきました。
窓越しにウィダーインゼリーが差し出されましたが、「ここ接触エリアじゃない!」
とっさに腕を見て、「次! 123km!」と吠えました。
接触ポイント以外でのサポートはルール違反です。一応。
まあやってた人もいたっぽいし、だれも見てなけりゃ別にいいんだろうけど、って今も割と本気で思っていますが、2年連続の失格騒ぎはなんとしてでも避けなくては。迷いなくゼリーを見送りました。
自分史上最大に真面目だった瞬間です。