夕刻、光がキラキラ、遥か下方に佇む街を照らしているのでしょう。
スパルタの街です。
10、9、8、7……。
キロ表示がないので体感で走る4kmは、下り坂なのにやたらと長く、エイドに辿り着いた頃には喉がカラカラになっていました。
でも、ここにきて水をがぶ飲みするのは場違いな気がして、見栄を張っている場合でもないのに、給水はおしとやかな一口だけにとどめておきました。
ゴールを目前にして、走る以外に余計な要素を入れたくなかった。なるべく、からっぽで行きたかったんです。
からっぽにすればそのぶん、いっぱい入ってくる気がしました。
スパルタの風、ゴールの歓喜、みんなの顔と声。
体のすみずみまで、一滴でも多く完走の粒子を入れたいという強欲。
そうだ、無にならなくちゃ。
6、5、4、……「ブラーボ! ブラーボ!」
大声援に、上半身だけをよじって挨拶します。サンキュー、エフハリスト、あと4km? 4kmで合ってる? 絶対4kmね?
振り向いたまましつこく食い下がるわたしの形相があまりに悲壮だったのでしょう、ふくよかなギリシャのお母さんが、つかの間、ついてきてくださいました。
3、2、1…、もしやあれは! ゴールだ、人だかりが見えた……!
最後は早かったわー。と思ったら、ゴール2km前にもうひとつエイドが挟まれていたのでした。
ぬかよろこび。
武内さんの姿をキョロキョロ探してみましたが、どこにもいません。
まだアニータといっしょに、ハズバンドの応援しているのかもしれないな。
制限時間まではかろうじてあと30分残っています。
ゴールで会えないというのも、十分ありうる話でした。
リミットまで余裕を持って、周りの外国選手たちはゆったり歩いています。
車から、沿道から、家々の窓から、「ブラボー!」が絶えず降り注ぎます。
だれもがレースを目一杯楽しんでいる様子でした。
着かない、まだ着かない。
無になるの、難しいです。
道を間違えたりしないよう、必死に目印を探します。
坂道がまた!
死にそう。
そういやわたし、スタートしてから、一回も座ってないな……。
静かな驚きを持って振り返り、無我夢中だった自分を遠く思い出します。
とっくにゴールし、さっぱり着替えたランナーが、向かい側から歩いてきました。
「ブラボー! あと少し! あの角を曲がるんだ!」
ここまで来たら、個性があってもいいでしょう、と思う。
わたしは無になるのを諦めます。
感情が、感情がほとばしって、もう……。
長かった。
ほんっと長かった!
とっくにゴールし、さっぱり着替えたランナーが、向かい側から歩いてきました。
「ブラボー! あと少し! あの角を曲がるんだ!」
ここまで来たら、個性があってもいいでしょう、と思う。
わたしは無になるのを諦めます。
感情が、感情がほとばしって、もう……。
長かった。
ほんっと長かった!
長かったつらかったそして、おもしろかった!
笑顔でフィニッシュする気はありません。笑顔分野は、競争率が高そうだから。
最後の最後まで、計算高さは健在です。
わたしは、笑われたいです。
あとで写真を見返して、自分でも大笑いしたいです。
汗も涙もよだれも鼻水もダラダラこぼして、笑える顔をオーダー。
ほんとにきついから、苦しい顔は難なくつくれました。狙ってるけど嘘じゃない。むせび泣きも嘘じゃない。自分の表皮も、自分の中身も、嘘つきだけど、本物です。
ゴール手前の、人だかり。
レオニダス像のもと、老若男女がビクトリーロードにつどっています。
どよめき続ける、スパルタの中心。
あっ。
あきちゃんいる!
わー! 小池さん!
坂東さん。
だめだった?
問いかけは届きません。
「わたしが来た」と、わたしは思っていました。走っているわたしを、いくつものファインダーの中から、わたしがじっと見守っているような。
完走の外側にワープしてしまった、宙ぶらりんの感覚。
からっぽだ。
武内さんと抱き合いました。
寄せ書きの旗が渡されました。
黄ばんだ国旗。
なんで生成りの生地なんだろう? さては切れ端で作ったな。
笑顔でフィニッシュする気はありません。笑顔分野は、競争率が高そうだから。
最後の最後まで、計算高さは健在です。
わたしは、笑われたいです。
あとで写真を見返して、自分でも大笑いしたいです。
汗も涙もよだれも鼻水もダラダラこぼして、笑える顔をオーダー。
ほんとにきついから、苦しい顔は難なくつくれました。狙ってるけど嘘じゃない。むせび泣きも嘘じゃない。自分の表皮も、自分の中身も、嘘つきだけど、本物です。
ゴール手前の、人だかり。
レオニダス像のもと、老若男女がビクトリーロードにつどっています。
どよめき続ける、スパルタの中心。
あっ。
あきちゃんいる!
わー! 小池さん!
坂東さん。
だめだった?
問いかけは届きません。
「わたしが来た」と、わたしは思っていました。走っているわたしを、いくつものファインダーの中から、わたしがじっと見守っているような。
完走の外側にワープしてしまった、宙ぶらりんの感覚。
からっぽだ。
武内さんと抱き合いました。
寄せ書きの旗が渡されました。
黄ばんだ国旗。
なんで生成りの生地なんだろう? さては切れ端で作ったな。
朱で染めた日の丸が、オレンジ色に笑っています。夕陽みたいなオレンジ色、武内さんの今年の色。
あきちゃんがいる。
みんながいる。
みんながいる。
246ページ目の、物語の最後の句読点。
ハッピーエンドの隅っこに、わたしは指先を添えました。