全身の筋肉痛も徐々にやわらいでいる気がしました。
唯一痛いままなのがお尻で、変だな、他の痛みが薄れたぶん、強い痛みを感じるのです。
トイレの時パンツを下ろすと必ずちょっと汚れているし、最初は、「漏らしちゃったんだ」って思ってたんですよ、いろんな機能が落ちていたから。
おもらしぐらい、しててもまあおかしくないかなってなるべくヒステリックにならないように広い心で自分の失態を見逃していたのですが、さすがに、おもらししたかどうかぐらいはわかるじゃないですか。
やっぱりおかしい。
痛みが普通じゃないし、なんか、お尻どうなってるんだろう?
勇気を出して、触ってみたんです。肛門のあたりの、痛いところ。
…………?
と思いました。
え? なんかある。
なんか……キモい感触の何かが、いる……。
「あきちゃん…? なんかさ、ちょっと見てくんない? 脱肛かと思うんだけど。」
努めて平静を装って、わたしは武内さんにお尻を出しました。
荷物の整理をしている武内さんは、「ダッコ〜? 何それそんな簡単になるわけないじゃん」とか、生返事をしてこちらを向いてくれません。
「そっか…。そうだよね。」
納得してパンツを履こうとしたところで、「ヒイイイイ!」武内さんの金切り声が響き渡りました。
「くくくくくくるちゃん出てる出てる出てるギャアアアア!」
荷造りからふと目を上げた瞬間、鏡越しに、見えてしまったんですって、肛門が……。
「何それー!!! こわいーー!!!!!」
全然こわそうじゃなく心底うれしそうに叫ぶ武内さんを、わたしは黙って見つめていました。
やっぱり何か出てたでしょ? と勝ち誇る気持ちに、この先どう生きていけばいいのだろうという絶望感が重なります。
あきちゃん……。笑ってないでなんとかしてよ……。
困った時の、検索です。
打ちのめされて一歩も動けずにいるわたしに代わり、武内さんが、人生で初めて使う単語をスマホにウキウキと打ち込みました。
「だ、っ、こ、う、…っと。」
『脱肛』。
「肛門や直腸の下のほうの粘膜が肛門外に脱出する病気です。肛門粘膜脱(こうもんねんまくだつ)ともいいます。内痔核が進んで、肛門の外に脱出するようになった状態を指すこともあります。」
読み上げてもらいましたがピンときません。
それで……? 一体どうすれば……?
長い時間が過ぎたように感じました。
スマホを無言でにらみつけていた武内さんが、心を決めたようにゆっくりと顔を上げました。
厳粛な空気が漂います。
「指を、突っ込む。」
「指を、突っ込む。」
馬鹿みたいに復唱しました。
あなたが…? わたしに…? 指を…? 突っ込むんですか……?
屈辱と恐怖に震えながら、ベッドによじ上り、四つん這いになりました。
お尻をおずおず武内さんのほうへとかかげます。
「あ、待って。『ビニール手袋をはめてワセリン塗る』って書いてあるわ。」
武内さんののんきな声。ビニール手袋ないよね? うん。
「ちょっと厨房行ってもらってくるよ。」
わたしは四つん這いのまま、ベッドに取り残されました。
動くとお尻に良くない気がして、体勢を崩せません。
武内さんの帰りを告げる、パタパタ走るスリッパの音。
「ゲットしたよ!」
ドアが開かれると、右手には既に手袋が装着されています。
ただ、なんか、その手袋ガサガサしてない!? わたしのイメージはもっとぴっちりしたゴムのやつだったんだけど……。
言い返せずに、来たるべき時を待ちました。
「いい? いくよ?」
ぎゅっと身を縮めて、呼吸を止めます。
呼吸を止めて一秒あなた真剣な目をし…てるかどうかわからない、後ろにいるから。
………。
一撃のタッチが来ません。
「っあー!! やっぱこわい!」
武内さんが騒ぎます。
「こわいのはこっちだよ!!」
深呼吸して再チャレンジ。
「今度こそ! いくよ!」
文字化けのような痛み。
「チカラいれんで! 入らんと!!」
武内さんの怒鳴り声。
フェニックスホテル412号室は一瞬にして阿鼻叫喚の空間と化しました。
互いのわめき散らす咆哮がこだまします。
「お尻! もっと突き出して!!」
「ヒイッ、ヒイィッ!」
肛門を責め立てられているうちに、悲痛な叫びはいつしか激しい引き笑いへと変わっていました。
厳粛な空気が漂います。
「指を、突っ込む。」
「指を、突っ込む。」
馬鹿みたいに復唱しました。
あなたが…? わたしに…? 指を…? 突っ込むんですか……?
屈辱と恐怖に震えながら、ベッドによじ上り、四つん這いになりました。
お尻をおずおず武内さんのほうへとかかげます。
「あ、待って。『ビニール手袋をはめてワセリン塗る』って書いてあるわ。」
武内さんののんきな声。ビニール手袋ないよね? うん。
「ちょっと厨房行ってもらってくるよ。」
わたしは四つん這いのまま、ベッドに取り残されました。
動くとお尻に良くない気がして、体勢を崩せません。
武内さんの帰りを告げる、パタパタ走るスリッパの音。
「ゲットしたよ!」
ドアが開かれると、右手には既に手袋が装着されています。
ただ、なんか、その手袋ガサガサしてない!? わたしのイメージはもっとぴっちりしたゴムのやつだったんだけど……。
言い返せずに、来たるべき時を待ちました。
「いい? いくよ?」
ぎゅっと身を縮めて、呼吸を止めます。
呼吸を止めて一秒あなた真剣な目をし…てるかどうかわからない、後ろにいるから。
………。
一撃のタッチが来ません。
「っあー!! やっぱこわい!」
武内さんが騒ぎます。
「こわいのはこっちだよ!!」
深呼吸して再チャレンジ。
「今度こそ! いくよ!」
来いよ!
心の中で応じました。
「いいい痛あああああああああああああいいいいいいいいいいいい!!!!!」
心の中で応じました。
「いいい痛あああああああああああああいいいいいいいいいいいい!!!!!」
文字化けのような痛み。
「チカラいれんで! 入らんと!!」
武内さんの怒鳴り声。
フェニックスホテル412号室は一瞬にして阿鼻叫喚の空間と化しました。
互いのわめき散らす咆哮がこだまします。
「お尻! もっと突き出して!!」
「ヒイッ、ヒイィッ!」
肛門を責め立てられているうちに、悲痛な叫びはいつしか激しい引き笑いへと変わっていました。
「あかん笑ったら腸が出ちゃう……」
「ちょっとお、動いたらできないからさあ。」
武内さんの呆れ声にも、笑いが滲んで震えています。
「だめだ。入らないから素手でいくわ。」
武内さんは宣言して手袋を脱ぎ捨てました。
漢字の漢と書いて「おとこ」…!
よっ、漢、武内!
素手とても、指先ではやはり入りづらいとのことで、指を折り曲げて第一関節で入れるなどの工夫をこらし、腸は少しずつ肛門の中へと押し戻されて行きました。
わたしはと言うと、もちろん激痛なのですが、肛門よりも心の痛みのほうが強かったです。「わたしのアナルバージン、あきちゃん……。」って……。
それからふと、そういやどうして自分は『脱肛』という言葉を知っていたのかと考えて、介護職だからか、もしくはマニアック系のエロサイトで……?
でも残念だけど、そういう趣味ないんですよ、本当に……。
「ちょっとお、動いたらできないからさあ。」
武内さんの呆れ声にも、笑いが滲んで震えています。
「だめだ。入らないから素手でいくわ。」
武内さんは宣言して手袋を脱ぎ捨てました。
漢字の漢と書いて「おとこ」…!
よっ、漢、武内!
素手とても、指先ではやはり入りづらいとのことで、指を折り曲げて第一関節で入れるなどの工夫をこらし、腸は少しずつ肛門の中へと押し戻されて行きました。
わたしはと言うと、もちろん激痛なのですが、肛門よりも心の痛みのほうが強かったです。「わたしのアナルバージン、あきちゃん……。」って……。
それからふと、そういやどうして自分は『脱肛』という言葉を知っていたのかと考えて、介護職だからか、もしくはマニアック系のエロサイトで……?
でも残念だけど、そういう趣味ないんですよ、本当に……。