電源ボタンを長押しするだけの指の力が本当になかったし、液晶の凶暴な眩しさを想像するだけで気が滅入りました。
ずっとスマホ依存だったのですが、スパルタスロンで治りました。健康的ですね。
ベッドにけだるく寝そべって、ともちゃんに、あの人は完走しましたか? あの人は、あの人は? と、気がかりな人たちの消息をたずねました。
「うん、◯◯さんは最後の関門抜けたから大丈夫と思うよ! △△さんはリタイア。完走率は半々みたいだよ。」
そっか……。
みなさま、本当におつかれさまでした…。
しんみりするわたしに、ともちゃんは続けます。
「知ってる? かわいそうなのが、野犬に襲われてリタイアした人がいてね、まだ詳しいことはわからないんだけど、頭を打って病院に救急搬送されたって。心配だなあ。〜〜〜さん。」
………!
〜〜〜さん!?
〜〜〜さん、リタイアしたんですか!?
ちょっと! あきちゃん!!
わたしは武内さんをつかんで強く揺さぶりました。
〜〜〜さんって、あの人だよ!!
あきちゃんが!
あきちゃんが、リタイアするって言った、あの!!
悪寒が走りました。肌が粟立ちます。
武内さんがレース前、「くるちゃん完走して、あの人リタイアするよ」と断言した、あの時の、〜〜〜さんが、リタイア…………。
まだ捻挫とか脱水とか、そういうアクシデントならまだしも、犬って、犬って! どうして。そんな。
武内さんも、「えっ!」と叫んだきり、絶句しています。
あきちゃん? まさか……。
「犬けしかけたの、あきちゃんなの?」
悪いこと言わないから白状しなよ。
わたしの真顔を見て武内さんはプッと吹き出しましたが、笑ってんじゃねえ! 冗談で言ってないよ! こわすぎるよ! なんなの?
あきちゃん、なんで?
「偶然だよお!」
武内さんはブンブン首を振っていますが、わたしは武内さんを、宇宙全体を、信じられない思いでした。
この件はだれにも秘密だな、と思いました。
ともちゃんにも言えない。
〜〜〜さんにはもちろんのこと、ランナーの皆さんには絶対内緒にしておかなくては…。
でも言いたい。早くだれかに言って、このゾッとする話を分かち合いたい。
恐怖で痛いのも疲れたのも吹っ飛びました。
帰国してから、共通の友人をつかまえて一部始終を話しました。
だれもがおそれ、おののくはず。
そう思っていたのに、「知ってる? 武内さんの祖先って、神様なんですよ。『武内の宿禰』。」と、平然と返されました。
「『たけうちのす、すくね』………? 知らないです……。」
知ってるも何も! 聞いてません。
つまり巫女ってこと?
予言くらいはお手の物だということらしいです。(本人はそうは言わないが。)
今までもよくわからない女だとは思っていましたが、武内さん、奥深すぎです。
もしもわたしの身に何か良からぬことが起こるとしても、決して口には出してくれるな。
本気でお願いしました。
わたしは〜〜〜さんが心配で心配でなりませんでした。
あきちゃんは、「わたしたちのせいじゃない」って言うけど、だってそれ、自分に言い聞かせるみたいに言ってるじゃん!
ほんとは責任ちょっと感じてるくせに!
〜〜〜さん、本当に本当に本当にごめんなさい。
わたしたちのこと、嫌いにならないでください……。
「AKK(アキコ)のことは嫌いでも、私のことは嫌いにならないでください!」
ー前田敦子ー
ー前田敦子ー
※利己的バージョンでお送りしました