無理はしていない。
どこも痛くないし、下り基調の序盤は快走でした。
たくさんのランナーに抜かれますが、そもそもの走力が違うので気にしません。
「いい調子ですね」
大島さんが後方から話しかけてきてくれました。
「これ、いい調子ですか? 42km関門を時間内に通過するのがまず目標なのですが」
ゆっくりだらだら走る練習はしてきましたが、タイムを計る練習は、し損ねました。
自分が一体どれだけのタイムでフルを走れるのか、今本当に見当がつきません。
「このペースで行けば42kmは余裕でしょう。むしろこれ以上飛ばしてはダメです。あとに響きます。」
「完走したらほめてくれますか?」
「ほめますほめます。」
「ほめません」とは言えるわけがないずるい聞き方をして、わたしは強制的に、大島さんにほめさせる約束を取り付けました。
よーし、絶対完走してほめてもらうんだ!
それから図に乗って、偉大な女性ランナーの方にもまるごと同じ質問をすると、
「死ぬほどほめてあげるわよ!」
……って、男前!
「あれ? 今年はやさしいんですね」
とかいう含みのある物言いをして顰蹙を買いました。
だってほんとに去年はおっかなくて……。
しばらくすると、左太ももの外側、足の付け根のアウトラインに、ピキッと違和感を覚えました。
陶器が欠ける前みたいな、いやな予感。
そんなところが痛くなるのは初めてです。
なんで今。
まだ、14kmか……。
練習の時だと、今後のことも考えて、やめようかどうしようか悩むところです。
でも今はもちろん、「前進」の一択しかありません。
俺に明日はない。
俺に明日はない、字足らずでリズム悪いけど、明日を考えずつっこんでいける今この瞬間は、清々しくもありました。
あと232km、痛みに体が慣れることを信じて走るしかありません。
焦るな、急げ。
エイドステーションの案内板の、距離と時間とを素早く睨みつけ、38km地点、通過。
42kmの関門も見えてきました。
スタートしてから4時間半。
制限時間15分前。
よくやった!
第一関門クリアです。
ただ、15分前通過は決して安心のタイムではないと思った。うんちでもしようものなら、すぐさまパーになっちまう貯金です。
大島さん、どういうつもりで余裕って言ったんだろう?
去年の42kmの通過タイムよりも今年のほうが5分遅いことにおののきつつ、それでも体は去年の半分も疲れていません。
去年より抑えてこのタイムなんだ。合ってる、合ってるんだ。
懸命に自分に言い聞かせて前を向きました。