レースは待ちに待った下りに入りました。
以前は飛ぶように跳ねた得意の下り。のはずが、記憶のように走れません。
脚が動かないのに腹筋や背筋は上りの時より楽になってしまったせいで、体温も保てなくなっています。
降りやまぬ雨、吹きすさぶ風。
ガチガチ歯を鳴らして、「ホットウォーター…。」エイドで白湯をいただきました。
アルミのサバイバルシートも羽織らせてくれましたが、休憩が長くなればなるほど、体は冷えて硬化します。強固な意志でマントをひっぺがしました。
ゴールまで25km。
いよいよ終盤に入って、貯金は45分です。
不安だ。
途中、単独走の時間帯もありましたが、貯金が減るにつれ選手のボリュームゾーンに入ったらしく、コースはランナーでにぎやかになりました。
日本の方も、続々と後ろからやってきます。
「間に合う? 間に合う?」
「間に合う間に合う。」
「間に合う」っていう、かりそめの慰みが欲しくていろんな方に泣きつきました。
皆、やさしいです。
おうむ返しがありがたい。
めんどくさかっただけかもしれないけど、それでもそれぞれの気休めを投げかけてくださいました。
24km、23km。
1km、1km、カウントダウン。
ハアハア言っていた呼吸はヒイヒイに近く、もはやフォームもへったくれもなく、腕は無軌道に振り回し、先へ、先へとつんのめる走りです。
「歩き」と呼ばないのは、本人としては走っているつもりだからというただの自己申告であって、速度は完全に歩きの域に入っています。
異様な走りを見かねたのか、ひとりの外国ランナーが、追い抜いて振り返りざまに手をつないでくださいました。
握った手の冷たさに驚いた顔をしています。
何か言葉をかけられましたが、わかりません。
呼吸が苦しい。手があたたかい。
白目と黒目の境目が曖昧なほど、淡い水色のひとみでした。
外国の人なんだなあ。鈍い意識の底でわたしは思っていました。
たぶん、「このまま行くぞ」みたいなことを言ってくれたのだと思います。
数歩進んでも数十歩進んでも、数百歩進んでも結んだ手は離れずに、わたしはその時はっきりと、「チャンス」と思ったのです。
この人、連れてってくれる。寝るチャンスだ、って…。
手をつないでいてもらえれば、目を閉じたままでも蛇行運転しないで走れます。
寝るなら、今だ。
目をつむってみましたが、眠気はやってきませんでした。
……無理に眠くなることないか。
考え直して、薄目を開けました。
隣の人にバレないように、半開きの目のまま変な顔をつくって、自分とはつくづく、あまりにもつくづく、浅ましい生き物なのだと思いました。
人の親切にあぐらをかく人生。
まさか隣の人も、手をつないだぐらいであぐらをかかれようとは思ってもみないだろうなあ。なんかほんとに、わたしでごめんなさい。何も返せませんが、あなたが例え悪人だったとしても、今後犯罪者になったとて、一生、わたし一生味方でいますんで……。
犯罪なんてしないか………。でもあなたにどこか汚点がないと、わたしには挽回のチャンスがない…………。