後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2019年6月7日金曜日

富山マラソン


去年の秋、武内さんと富山マラソンに参加しました。



美術館での展示と併せ、ピカソの「座る女」になりました。
走る「座る女」です。

1万人以上が参加する大規模マラソン、私たちは最後尾からのスタートでした。
ゲートをくぐるまでに15分以上かかりました。雨上がりの虹が美しかったです。

キャンバスを持って走るため、幅を取るわたしたちは前方ランナーにぶつからないようジグザグ走りで進まなければならず、視野も狭いので苦労しました。絶対42km以上走った。



大きな橋の上では海からの強風に煽られて武内さんが転倒し胸を強打、デコボコの田舎道では若木が足裏を痛めて休憩、など、いくつかのトラブルはありましたが、美術館前では横断幕まで掲げていただいて元気にゴールすることができました。

ボランティアスタッフの方々、沿道の方々、周りのランナーの方からもたくさん励ましの声援をいただきまして、明るい気持ちで走れてうれしかったです。




絵を持って走るのは初めてでしたが、それよりも大変だったのは靴を履かずに走ることでした。
以前、靴なしで北京マラソンを完走した経験があったので、今回も平気だろうとタカをくくっていたのですが、地面が雨で濡れていたせいもあって一瞬で靴下が破れてしまい(布は濡れると弱くなる)、裸足で42km走ることに…。
なるべくツルツルした質感の白線上を選んで進みたかったのですが、人も多くてなかなか白線に乗れず、コース後半にはでっこぼこの田舎道もあったりして、そこでわたしは激痛に耐えられずギブアップ。
つま先立ちで歩道まで上がって武内さんの中敷を借り、コースに復帰、なんとかゴールまで漕ぎ着けました。

ゴール後3日間は寝ていても常に足裏がジンジン痺れていて、大変な故障をしたのではと青ざめましたが、4日目からみるみる回復して1週間後には普通に走れるようになりました。患部は真っ黄色をしていました。打撲による内出血と思われます。2週間後に固くなった踵の皮がバリーンとめくれて、完治。日常生活に支障はなかったし、終わってみればおもしろかったです。

今思い返せば、北京の前はもっとちゃんと裸足ランの練習をしていた気がします。何事も、準備と練習が必要だと改めて実感しました。でも、練習さえやっとけば、別に裸足で走るぐらいどうってことないですね、と負けず嫌いの自分はふてぶてしく思っています。

あー練習!
練習ね!!
練習かー!!
練習!!!
練習ー!!!!