後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年5月28日土曜日

我愛台湾 動画

我愛台湾<台湾ウルトラマラソンの旅>の動画ができました。
3月に台湾で開催された南横ウルトラマラソン大会の話。
全9話です。
こちらは予告編です。

2016年5月27日金曜日

ピエンニー

レース後は、桃園の知人宅にお世話になりました。


いっしょに10kmランニングに出かけました。
わたしはリタイアを反省して、武内さんは積極的疲労回復を目指して。



回想。

「151kmのエイドに着くまでずっと面倒を見てくれた人が完走できたのかどうか、結局わからずじまいでいる。
顔、覚えておかなきゃと思ってよくよく見ていたのに、ゼッケン番号も覚えておいたのに、バスで、寝て起きたらぜんぶわからなくなっていた。
ゴール会場で台湾ランナーに話しかけられるたびに、この人かな、この人かなと思った。全員、助けてくれた人の顔に見えた。だれがだれかわからないから、全員恩人だと仮定して、同じ熱量で「謝謝」、言いちぎったけど、特定の人に特別な「謝謝」を伝えない限り、恩義に報いることはできない気がしている。もう『ヘルスイズベリーインポータント』は聞けないのかな。」




回想。

「くるちゃんね、大会説明会の時、荷造りとかバタバタしてたでしょ。だから全部は言えなかったんだけど、ほんとはあの時、お話があったんだ。じゃあ最初から、始めるね。」

『今日は4年に1度、普段は見えない特別な星が見える日なんだよ。その星はね、ピエンニーっていう名前なの。
この星は特別な力があって、ピエンニーが瞬く夜、台湾では親が子どもに教えるの。「あの一番光っている星がピエンニー。あなたを強くしてくれる星よ。さぁ、お尻をピエンピエンしなさい。」
おしりペンペンの由来はここからなんだよ。日本では叱る時にペンペンするけど、台湾では強くなれっていう事なんだね。
だからさっき大会主催者がお尻を叩いて笑っていたの。通訳したかったけどくるちゃんあたふたしてたから。
それでね続きがあって、中国語で「マラソン」って「馬拉松」って書くでしょう?「馬」なんだよね。ちなみに「リタイア」の中国語は、「落馬」って言うんだよ。
馬もお尻を叩くと元気出して早く走るでしょ? だから、レース中、苦しくなったり、辛かったり、眠かったり、どうしようもない時は、お尻をピエンピエン叩いて自分を奮い立たせて元気を出してほしい。星を見たらこの話を思い出して少しでも楽になって欲しいんだ。きっと力を与えてくれるよ。
今日は特別な日。信じてみてね。
ちなみにピエンニーは、漢字だと「騙你」。「あなたをだます」って書くんだよ。』





……この話はすべて、武内さんのエイプリルフールの創作です。

説明会を利用して、わたしに披露しようとしたんだって。あくまで主催者の通訳に見せかけるつもりで。だからこれだけ長いんだそうです。

「それだったのか!」
わたしはようやく思い出しました。
マラソンに関係なさそうだったから聞き流してたけど、出だしの部分、「今日は特別な星が見えるの」ってところだけ、頭に残っていたんですね。

4月1日、スタートの22時、星を見てなんだかもやもやして、「あれ? 今日は天体が特別なんだっけ?」って、うっすらよぎったのは、あれは夢や勘違いではなかったのか。あきちゃんが本当に言ってた、実在するプロローグだったのか。

今初めて知った話の完成度の高さにわたしはびっくりして、「話せなくて残念だったでしょ?」って聞いたら、「最初はまあいっかと思ってたんだけど、実際に走ってみたら星空、ものすごーくきれいでね。こんな美しいなら、やっぱり言えばよかったって後悔した。」って。

もし、このピエンニーの話を全部事前に聞いていたら、「落馬」せずに済んでいたのかつい考えてしまうけど、そんなうまくはいかなかったと思う、お尻ペンペンぐらいで、ねえ。
空を見る余裕だって、たぶんなかった。

けれど大会が終わって、今こうして、武内さんの、一旦はお蔵入りした話を聞かせてもらえて、わたしはとても愉快です。こんなにたくさんの励ましを編み込んで、出走前のわたしの心配を騙そうとしてくれてたなんて、全然、思いもよらなかった。
贅沢だな。


ありがとうエイプリルフール。
リタイアは、なかったことにはならないけど、だれにも話すことなくしまいこまれた幻のピエンニーも、このまま、なかったことにはさせたくない。

4年に1度しか見えない星、ピエンニー。
「嘘」なのに、めちゃくちゃ謙虚な頻度でしか出てこない星。
出し惜しみしてくる武内さん。

わたしはひょっとしてこれから、つらくなるたび夜空にピエンニーを探してしまったりするのだろうか。
もう大のおとななのに、自分のお尻をペンペンして、「わたしを騙してください!」って星に嘆願するのだろうか。

人はそうやってテクテク、正常な社会から狂気のふちへと、逸れていくのかなと思う。
いやだわたしは普通でいたいです。

今夜も星が、きれいです。

2016年5月26日木曜日

糖質

バスから電車に乗り込んで、わたしと武内さんは桃園へ、石川さんは台北へ。
同じ方向の電車だったので、行動をともにさせていただきました。
途中の乗り換え駅で時間ができました。皆で外へ出ます。

わたしは日中の空き時間で石川さんとたくさんお話できたので、入手したばかりの石川さん情報を武内さんに披露するのが楽しくてなりませんでした。

「石川さんね〜、なんと! 糖質摂らないんだって〜!!」
石川さんが目の前にいるのにご本人そっちのけで、ギャーギャー騒ぎました。

「糖質摂らなくなってから、おなか空かなくなりましたね。体も軽いし。」
冷静に語る石川さんに、わたしは信じられない思いで顔をしかめてみせます。
「糖質って、甘いものですよね?  お菓子食べないってことですか? 炭水化物もですよね……?  人生の墓場!」
「くるちゃんの体は糖質のみで出来てるもんね。」「そう。糖尿で死ぬんだ。」

石川さんには申し訳なかったですが、「台湾かき氷が食べたい」とごねて、甘党発、糖尿行きの旅に強制的に付き合わせました。

しかしこの季節、台湾かき氷は見つからず、「甘いならなんでもいい」と譲歩してスムージーを注文。
マンゴー、いちご、パイナップル、あずき。
どれか好きなの、「せーの」で指差すことね。


せーの!


石川さんが指差したのはあずき味で、だれともかぶってなかったです。
けっこうじじむさい嗜好だなと思いました。
あずき以外のスムージーはすべてジューシーでみずみずしく、ストローの狭いトンネルを通ってきた果汁が口いっぱいに弾けるのが春の雪どけみたいでした。生命の息吹を感じました。
あずきのやつだけは割と普通で、石川さんが飲んでたからかもしれない。井村屋のアイスバーいい感じに溶かしゃいいじゃんと思いました。

車内では、わたしと武内さんとで両方から挟みうちにして質問攻めしました。石川さん捕虜みたいでした。
練習時間とか走行距離とか生い立ちとか、根掘り葉掘り。石川さんは「自分のこと話すの苦手なんです」って困惑しながらも、一問一答に付き合ってくださいました。
色々すごかったけど、一番びっくりしたのは「毎日走っている」という一言です。
うそ、ランオフの日、ないんですか!? そんなバカな。

一日でも走らない日があるとだめになる気がして、みたいなことをおっしゃっていました。
その気持ちはもちろん理解できますが、そこで思うように継続できないのが人情ってもんでしょうが〜。
末恐ろしすぎて、今までにない時代設定の語り口になりました。


石川さんが飲んでいたのは「爆汁檸檬茶」とかいう謎のドリンクだったのですが、それすら崇め奉る対象のように思えて、石川さんがお帰りになられたあと空のペットボトルに向かって直立し、90度のお辞儀を捧げました。

でもあれですよね。今まで1日も休まなかった人が何かのきっかけで休んじゃうと、そこで突然糸が切れて走れなくなっちゃうとか、そういうのよく聞きますよね。
それを踏まえた上で、石川さんにはやっぱり毎日走っていてほしいし、必ず毎日走っている方がこの世に存在するという事実に、自堕落なわたしは強く勇気づけられます。
石川さん、これからも日本の未来で居続けてください。
今度爪のアカ煎じて飲ませてください。

2016年5月25日水曜日

表彰式

表彰式が始まりました。
まず、246kmの部。
井上さんの、宣言通りの鮮やかな優勝。


優勝用にお衣装まであつらえてあったってなんたるメンタル!
ほれぼれするような有言実行っぷりでした。


2位以下の方と並ぶとすごい! すごい浮いてる! でも優勝者だから浮いてていいのか!  浮世離れしてるのがむしろいいのか!

井上さんの通訳付きの長い立派なスピーチは会場の後ろのほうまでは届かず、わたしはその輝かしいお姿を俯瞰で凝視しながら、なぜ見栄えがイマイチなのかについてじっくり考察しました。せめて会場が室内だったらもっと袴が栄えたと思う。暖色のスポットライトや、紅白幕なんかもあると、より空間とマッチしたことでしょうね。でもそれも結局負け惜しみだから、「お似合いですね〜」ってにこにこ、お声掛けさせていただきました。
次回優勝されるときは会場設営まで見越したセルフプロデュースをされていそうです。成功者の最終形態!
揺るぎない優勝への確信があると、世界はいろんなふうに広がるんだなあと感心しました。
おめでとうございました!


石川さん、名前呼ばれました!


106km表彰式。
表彰式とは思えない! 
びっくりするほど華がない! 
井上さんとの落差に目眩がしました。石川さんに苦情を言うと、「走り以外で目立ってもしょうがないですから。」とか言って、あっ今、井上さんのことディスった?  ディスった!?(ディスってません。)
石川さん27歳にして全然はしゃいでくれずつまらなかったです。それどころか「優勝だけど内容には満足してない」って厳しく内省していて、若者め、ますます強くなるつもりだなと思いました。
おめでとうございました!


竹田さんに至っては、名前を呼ばれたのに表彰台に上がりもしない枯れっぷりで、竹田さ〜ん! もっと成績、ありがたがって〜!! 
リタイアしたわたしは外野からハイテンションで思いました。壇上に上がる竹田さんの笑顔もわたしは見たかったです。
あと、性根の腐ったことを腐った目で言うと、大島さんがリタイアでいてくれてありがたかったです。大島さんのリタイアとわたしのリタイアとでは質が全然違いますが、表彰式の間は大島さんを同じ穴のムジナだと思って心の拠り所にしました。わたしなんぞに勝手に仲間意識持たれてしまって本当に御愁傷さまですが、ありがとうございますありがとうございます。

表彰式の壇上は特別なしつらえのない、簡素な舞台でしたが、そのぶん皆の精悍な顔つきが際立っていました。
乱視だからほんとはあまり見えなかったけど、絶対みんないい顔してた。
各人の目指すスタイルが式での一コマから透けて見えてくるようで、「マラソン」と一口で言えども単純ではないんだな、そこには各人各様のそれぞれ異なる豊かな思想があるんだなと実感しました。
バラエティに富んだトップランナーの方々へ、尊敬の念が高まりました。


水浴びとシャンプーをしてさっぱりしてきた武内さんです。
いっしょに表彰式に見惚れていると、「アキコ・タケウチ!」のアナウンス!!
なぬ!!


わ〜! あきちゃん〜!
4位、初めての表彰台です!!


うん!
いいです!
優勝みたいな満面の笑み、爽やかです!
髪型良し、笑顔良し、色白良し、ワンピ良し、……で、靴下余計!!
足元もっさり! 
でも背伸びしてスタイル良く見せようとしているのがミニモニみたいでかわいかったです。
おじさんの顔も心なしか、男子の表彰式の時より楽しそうに感じました。台湾のみんなのアイドル、武内明子です。
おめでとうあきちゃん!!
来年も出たいね、出たいよね?



表彰式のあとは食事の配給がありました。
長い行列に、順番待ちのランナーたちが疲労でカリカリしていました。

出遅れた武内さんがやっと食事を始めようとしたその時に、バスに乗り込む時間が来てしまいました。
バイキング形式できれいに盛りつけられたおかずを、深めの紙皿にべちゃべちゃ流し入れて両手でひっつかむ武内さんのたくましさに、わたしはほっこりしました。バスの車内で食べるんだそうです。


難民のコスプレ、似合ってるよ〜!

2016年5月24日火曜日

あきちゃんゴール


あきちゃんがゴールします!
最後の直線です!
ありがとうみんな〜! 謝謝〜!!!


わっ? 
石川さん!?
わー! 待っててくださったんですか!? なんとー!!!
沿道から石川さんが撮ってくださった、ふたりが走る背中の写真。
貴重な一枚、ありがとうございます!


ゴーーーール!!!
オメデトーーー!!!!!

GPSによると、実測距離は111kmだったそうです!  お疲れさまでした!


「あきちゃんわたしね、もうコースわかったし、来年はきっと、完走できると思うんだ! だから来年はわたしは246kmリベンジで、あきちゃんは160kmね!」
そう規定事項を伝えたら、死ぬほどうんざりした顔で「もうやだ。二度と出たくない。」と言い捨てられて散りました。

246kmの部の完走率は26%でした。女性はひとりしかゴールしてないって。
累積標高は1万メートルだったらしいです。ゼロひとつ多い! 何かの間違い!
「これはね〜、この大会は、スパルタスロンよりよっぽどきついよ〜。」走り終えたベテラン竹田さんが、ひょうひょうとした口調で判定されていました。

でも! 
修練を積んだら来年は、わたしも完走できると思うんですよ次こそ!
だれか! だれか一緒に出ませんか!?


あきちゃん! わたし、だれかと出ちゃうよ! もしくはひとりで出ちゃうよ!  そっちの可能性のほうが断然高いよ!  
ほ〜ら心配! わたしに単独行動させるとか超心配!
道、迷っちゃうよ! 飛行機間違えちゃうよ! スマホなくしちゃうよ! 知らない人にもついてっちゃうよ! それでおいしいごはんとか食べさせてもらっちゃうよ! ひとり占めだよ! 超たのしいよ!!
悔しいでしょ!? あきちゃんの台湾なのにわたしがひとりやりたい放題、そんなの絶対許せない!  断固反対!!
 
だから来年も、ついてきてくださ〜い。


2016年5月23日月曜日

あきちゃんの回想 106km

武内さんの語りでお送りします。
主にラインメッセージから抽出しました。(ベッキー)



「台中からスタート地点までも、バスを三回くらい乗り継いで半日くらいかかったよ。遠かったー。途中から坂道すごくて、うわーくるちゃんこんな道走ってるのかと思ったよ。


スタート地点:清境


106㎞のスタート地点。246㎞のくるちゃんは二時間前に通過!



「石川さん、なかなか現れなくてスタート30分くらい前にやっと会えたよ。お話できて良かった。」


夜8時スタート


「150kmのエイド(くるちゃんのリタイア場所)が見えてきて、あーエイドかな?なんかザワザワしてる、なんかあったのかな? と思ったら、あれ!? 白い人! まさかくるちゃん!? くるちゃんなの!? くるちゃーーん! って気持ちだったよ。こんな形で会うと思ってなかった。」

「スタッフを説得したんだけど、スタッフに、ここまでも人に連れられて来たんだ! とか次の関門も間に合わないよ! とか言われて、その人の表情をみてこれ以上言ったら怒られる。日本人わがままだって思われたくないって思って諦めた。」

「騒動にしたくないなと思って、皆さんありがとうございます。お騒がせしました。くるみをよろしくお願いします。って言って去ったよ。本当はこのくらいいつも通りなんだって説得したかったんだけどね。」

「ショックだったよ。完走すると思ってたから。」



「標高3275m!」

「頂上を越えてからが睡魔との闘いだった。ランナーにずっと背中押してもらって走りながら寝てた。」
「とにかく朝日待ち。大きな声で歌った。」


「とにかく眠かった。」




「制限時間余裕だと思ってたら走れてないせいで、いつの間にかどこの関門もギリギリ。でもここは台湾(厳しくなさそう)。甘くみてました。」



「韓国人に薬もらった。」




「ずっと集中力なさ過ぎだったけど、関門アウトになりそうで、やっと本気で走れた。」
「暑い。」



「ここは台湾。ちょっと過ぎても大丈夫ー。なんて思ってたら、本当にリタイアバスが横に止まって、乗れって。」
「うっそーー! リタイアなの!?」
「(いや、ここは台湾。)お願いです。お願いです。走りたいです。と手を合わすと、じゃあ、次のエイドに12時までに着けるか? と聞かれ、はい! と返事。猛ダッシュ。」



「タロコに着いた。」
「くるちゃんの好きな岩だよー。」
「昔、観光で来たな。」
「ていうかゴールどこ??わからない。」
「あぁ。予習してないのが悪いのか。」


「あのお家ぽいところかな?」
「ブブー不正解。本当のゴールは更に5キロくらい進んだところでした。」


「くるちゃーーーん」


「遠かった。高かった。眠かった。


2016年5月22日日曜日

あきちゃんはなかなか来ない

武内さんのゴールを、絶対逃さずに迎えるのが今のわたしに残された使命です。
南横の時も武内さんと同じ部門に参加されていた石川さんに、「武内さんの南横のタイムは12時間ちょいです」とご相談すると、もうすぐ帰ってくるのでは? と予想してくださいました。お昼頃、連れ立ってちょっと様子を見に行きました。
106kmの制限時間は20時間と長く、ゴール時間の予測が立てにくいです。
各部門の選手はまだあまり帰ってきていないみたいですが……。完走率が気になります。

コンビニに行くと、顔見知りのランナーがいて、「アキコはまだ走っているよ!」と、グッジョブの指サインで教えてくださいました。ただ、どのあたりかを聞くと、顔をしかめて「まだまだだね」の返事。
石川さんと一緒に出迎えてよろこばせたいなあと思っていたのですが断念して、ひとりコースを逆走して様子を見に行くことにしました。



ここは観光地、タロコ峡谷。
左右にそびえ立つ岩壁は、たっぷりの絵の具をナイフで粗く盛ったような肌合です。どれだけ見つめても見飽きない魅惑のテクスチャーですが、同時にここは落石事故の多発地帯。選手はヘルメット着用を義務づけられています。

わたしも武内さんも、ヘルメット持ってなかった。買って、今後家に置いておくのも嫌でした。そこで現地の知人に頼んで2個、お借りさせていただきました。せっかくお願いしたヘルメット、わたしは使用することなく終わってしまいました。

昨日わたしが走った150kmは、246km走るつもりで温存していた150kmだったから、翌日もダメージはなく、そこがまた侘びしかったです。せめて限界まで走れていたなら、まだ練習にもなったのに。

さっき竹田さんがおっしゃっていたのは、「レース中はポジティブなことしか考えない」というお話でした。ええ〜、そんなの、生まれ変わるしかないです!  早速わたしは得意のネガティブマインドを発揮して白目をむきました。
でも、ゴール目指して懸命に走ってくるランナーたちを見ていると、「常にポジティブにレースのことを考え続ける」という竹田さんの方針がじわじわ染みて来ました。生き残り続けている人たちは、100%とは言わないまでも、どこかに常に、必ずポジティブのかけらを持ち続けて、ここまで辿り着いたんだろうなと思う。強いな。
そういえばわたしがだめになったのも、ネガティブになってからでした。上りへの苦手意識が強過ぎて、進んでも無駄だと思ってしまった。「わーい! 上りだ! 大好物!」と思えたら、事態は違っていたでしょう。でもそれは事実に反するポジティブだもんなあ。苦手をなくすことがまず先決ですね。

「ちょっとそこまでお出迎え」のつもりでしたが、もうちょっともうちょっとと思っているうちに2kmも逆走していました。トンネルの入り口で武内さんを待ちました。
そろそろ来るな〜と思いながらあっという間に2時間が経って、時刻は午後5時。制限時間まであと1時間。まだかなまだかな。不安が膨らんできます。

246kmや160kmのランナーは比較的元気に走っている方が多かったのですが、106kmの選手は見事に全員歩いていました。距離の長さと活力の残量とは比例しないようでした。

「アキコ、来るよ。」後方を指差して教えてくれたランナーがいました。よかったもうすぐ来るのね!? ありがとう! ビデオカメラをセットしました。

「あーきーちゃーーーーーん!!!」
通路いっぱいに自分の呼び声がこだましましたが呼応する声はありません。トンネルの奥の光を背に、力なく手を振る武内さんの、シルエットだけがぽつんと小さい。

「大丈夫!? しんどい!? 脱水!?」
直前に通った106kmの選手がゾンビ状態になっていたので、武内さんもかなりつらいのではと心配して駆け寄りました。
「あと何キロ?」
「2キロ。」
「まじで〜? なんかさあ、GPSの距離表示、もうだいぶ前から106km、超えてるんだよ。コースこっちで合ってる?  どこまで走ればいいのかわかんなくてさ。106km超えてからみんな力抜けちゃって、ずっと歩いてる。」
そうなんだ!? そういや石川さんも「絶対106kmより長い」って主張してたけど無視しちゃったよ。

リタイアしたことごめんねごめんねと謝ると、武内さんも、眠くて眠くてずっと、全然走れなかったそうでした。150kmのポイントであの時、わたしを救って一緒に頂上を目指せたとしても、自分自身がきつくてサポートできなかっただろうって。「あのあと、山はめちゃくちゃきつくて、くるちゃんやっぱり厳しかったかも。雪あったよ、頂上。」

「……高山病だったかもしれないな。」
あのがんばれなさは普通じゃなかった。ふたりとも口々にそう言って、各自の不調を正当化しました。


2016年5月21日土曜日

偉人伝あれこれ

リタイアバスは朝7時に、ゴールのタロコに着きました。
会場にはたくさんのランナーがいました。


「えー!? クルミー? やめたの? どこまで行ったの?」
「メイビー……151km? あのあとすぐ。」
「そうだったの〜、おつかれさま〜!」
ゴールには皆とのねぎらいのハグが待っていて、敗者同士で仲良く傷をなめ合いました。

人の輪から少し離れたところに行って、リュックの中身を広げました。
「おつかれさまでした」の日本語が聞こえて、顔を上げると前方にトランクを整理している方がいました。あっ、あの人!
「昨日の、160kmの部の方ですよね? 優勝でした!? おめでとうございます!」

強い日差しの坂道をとぼとぼ歩いていたら、後ろから「お疲れさまです!」って日本語で声をかけてくださいました。「日本人ですか!?」「日本人です!」「速ーい! がんばってください!」のやりとりをしたのでした。ぶっちぎりのトップで、軽快な足さばきが眩しく見えたのを、よく覚えています。
だから、「いえいえ、リタイアでした。胃腸がだめになっちゃって。」の言葉には心底驚いて、ちょっと言葉が見つかりませんでした。

「大島です。」「若木です。」「フェイスブックで見ました。大会のやつに載ってましたよ。」そうかそうか、だから後ろからでも日本人だってわかったんだな。謎が解けました。

大島さんは丁寧な自己紹介をしてくださいました。これまでの華々しいラン歴の数々と、ここ最近は胃腸が弱くてリタイア続きだということ。
わたしは目からうろこが落ちる思いでした。情報全開! なのにこんなにすがすがしい!! 
事実を正しく伝えることは、全然恥ずべきことではないんだとわたしは初めて知りました。
何か自分のことを質問されても、へらへら笑って話をそらして、挙動不審になってきたこれまででした。追求されるのが面倒だったし、なんなら泳がして相手の出方を見てやろうという気持ちだってありました。心理的に、ちょっとでも優位に立ちたくて。
大島さんの迷いのない自己紹介はとても気持ちがよかったです。だけどそう思えたのは、最後に「リタイア続き」で落としてくれたせいもあります〜!  そこは認めざるを得ない! へ〜、こんなすごい人でも挫折してるんだ〜と思うと、リタイアに傷ついた心がわかりやすく慰められました。

トップランナーである大島さんですが、極めてきさくにお話してくださり感動しました。とにかく正直な方だという印象を受けました。「太陽サイドの人間」というふうにわたしの中では位置づけられました。この人に影響受けたい! と、わたしは日陰を探しながら思いました。

お話している間に、106kmトップの石川さんがゴール! 優勝〜!!



続いて246kmトップの井上さんもゴール、優勝〜!!



本来は大島さんも優勝する方だったんだよなと思うと、自分のふざけたマラソントークにまともに付き合わせているのが申し訳なく、ゴールしたトップランナーたちに、一刻も早くここに来て、会話のレベルを引きあげてほしいと思いました。

246kmを走破しきった井上さんは当然お疲れでいらして、表彰式までどこかへ休みに行かれました。お疲れさまでした。

我々のおしゃべりには、南横でも優勝された106kmの石川さんが参戦してくれました。話の厚みがもう、違います。キロ3分で走る話とか、それ人の足で走る話? わたしは唖然とするばかりでした。100kmマラソンを半分まで3時間で走った話など、異次元にも程があります。

そして246kmの竹田さんがゴール!
竹田さんは去年のスパルタスロンを日本人1位でゴールされた方でした。超尊敬。そんな竹田さんのブログには、「スパルタ初参加の時は日本人最下位だった私が、10年かけて日本人トップになれました」とあって、10年……!! 悠久の時を思うと痺れました。だれもが最初からスーパースターだったわけじゃないんですね。わたしも腐ってる場合じゃないのかなと、希望を与えてくださった方です。


竹田さんは今回手首を負傷しながらもきっちり上位で完走され、しかもすごいのが、246km走った直後なのに休憩もせずおしゃべりに加わってくださったことです。
「眠くないんですか!?」食ってかかると、「レース中いっぱい寝た」って笑っておられました。
ゴールした他の選手はもれなくしかばねになっているのに……。


偉人たちが集って会話はますますスパークしました。
怒られるかもしれないけど、竹田さんそんなに、太陽サイドの人じゃないと思う。会話の端々に過剰なサービスが散見されました。それで、日陰組のわたしは目を輝かせてそのあたりの掘り下げた話をせがんだのですが、だれかを貶めたりはしてくれなくて、ちぇっ。信用されてないなあと思いました。当然です。わたしはブログで陰口チクって読者ゲットしたりしたかったです。でも大丈夫、これ読んでるの最高でも14人です! ささやか!  だから今度こそ、めくるめくランナー界の裏側をもっとつぶさに教えてほしいです。

いちばん年少の27歳、石川さんは、自分の秀でた能力を当然のものとして受け入れていて、自然体でありながら不思議と謙虚、かつ努力を怠らないって隙が無さ過ぎでした。わたしの間抜けな発言はしなやかな苦笑いで流し、レジェンドたちのためになるお話には、まっすぐなひとみで真剣に耳を傾けておられました。

台湾のおねえさんがわたしたちの集合写真を撮ってくださいました。
わあ〜良い一枚! 
色バランスもいい、石川さんも楽しそうにしてるうれしい!


そう思ってなんの気なしに拡大してみて、戦慄。


ぎゃああああ!
いっ、石川さん……! 
全然笑ってない……!! 
目と口を、義務的に笑顔のかたちにしているだけだ……!!

だれにもバレない作り笑いの方法なら、わたしがいつでもレクチャーして差し上げます。