後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年5月17日火曜日

漫画脱いだ

自分は眠いのだ。
そう認識してすぐに腕時計を確かめました。
時刻は5時です。まもなく夜は明けるだろう。朝になれば眠気は自然に覚めることを、わたしは経験から知っていました。

横になるほどのことではない。まどろみながらでもだらだら走って距離を稼ごう。
1時間も我慢すれば、眠気は必ず撃退できる。

これを自信と呼ばずしてなんと呼ぼうか、眠いながらもわたしはしっかり思考できていました。逆に言えば、その程度の眠気だったとも言えます。
朝の光は予想よりも早く山々を包み込み、35分で眠気は完治しました。

渓谷に、岩の量感がダイナミックです。
行き交う車も少なく、わたしは大自然を気持ちよく満喫していました。

サイクリングの団体と時折すれ違います。後ろから来たカップルに声をかけられました。「いっしょに写真撮ろう」と自転車を止めてお願いされたのですが、時間無駄遣いしたくないなあとケチなことを考えて、「もうすぐ次のエイドだからそこまで待って」と頼みました。だけどいっしょに走っていると色々質問されて結局息が切れるので、諦めて停止。
再びヒートテックに袖を通し、背中の漫画がちゃんと見えるよう、後ろを向きました。
パシャリ。
レース中は、止まることに罪悪感があってなかなか声かけに応じられないのですが、普通に考えたら42時間中の1分なんて大したことないはずです。もっと自然体で楽しんでいるランナーも多いけれど、わたしは楽しみながら走るのが不得手なのです。なぜトップランナーでもない自分がこうも競技にムキになれるのかよくわかりません。これだけ深刻に取り組んでいて現実はトップランナーじゃないとか、何をどう正せばいいのでしょう。実力がいつも、自分の足を引っ張ります。

萎えた顔をしたわたしを見て、お姉さんがお水を飲ませてくれました。謝謝。
その後エイドまでの3kmが長く苦しんだので、あの時いただいたお水に結果的に救われました。

朝が来て眠気が消えると、今度は日焼けが気になりました。
夜明けとともに、エイドに預けておいた帽子を手に入れる算段でしたが、予定よりも進度が大幅に遅れています。
帽子エイドまで、まだあと11km。

朝靄よとどまれ、狭霧よ煙れ、のぼるな太陽!

空は快晴です。
陽が真正面から眩しく照って、目は疲れ、喉は焼かれました。
太陽〜! 失せろ〜!!
髪の毛をできるだけ顔の前に集めて振り乱し、紫外線から逃げました。

サーサー、シャワーの音が聞こえます。
少し道を逸れるとお庭に水をやっている奥さんがいて、わたしはためらわずにシャワーに向かって突進しました。口を開けてシャワーを注ぎ(ほとんど入ってこない)、全身にしぶきを受けました。
毛髪で覆面した白装束の女が突然ぬらりと現れたらホラーだと思うのですが、燦々と注ぐ太陽に洗われて、わたしはただの健全なランナーでした。シャワーにはいくつものかわいい虹がかかっていて、こんなにいいお天気じゃあ、ゾンビも形無しだとがっくりきました。「太陽と北風」のお話通り、太陽の前で万物は無力で眩しいと改めて思いました。

やっとエイドに着いたのは8時を迎える頃でした。


水水水水!


給水〜!
脱水回避。
余裕はまだあれど貯金は2時間。満足な数字ではありません。

次の10kmはひどい坂道で、完走を危ぶむ気持ちが初めて芽生えました。首から下げているヒートテックが汗を吸ってずっしり重く、邪魔で仕方がありません。
全部脱ぐんだ。そして二度とは着るまい。
迷っている余地はもうありませんでした。
武内さんと、くっついてゴールしたいがために漫画衣装を死守してきたけれど、この服のためにリタイアしてたら本当に馬鹿みたいだ。少しでも身軽にしないと走れない。まず何よりも、ゴールしなくちゃいけないんだ。

この10kmに、わたしは2時間半もかかったのです。
徹底的に上りに弱いことを痛感させられました。
エイドに着いて、洋服を預かってくれないか必死で頼むと、あっさり快諾してくださいました。係の方は、ぐっしょり濡れそぼったウェアをボンネットの上にのせ、陽に晒しておられます。走っている最中は憎たらしかった日光ですが、衣類をほかほか乾かす様子は、平和な日常の象徴に思えました。わたしは安堵して、へなへな、椅子にへたり込みました。

エイドを出発すると今度は下り基調です。
遅れを取り戻そうと懸命に腕を振りました。


ずっと手に持って走っていたマイコップとヘッドライトとをタイツの中にしまいこむと、手ぶらになれてとてもらくちんでした。このナイスアイディアを早く世に広めねばと意気込んでいたのですが、あとで写真を見たら股間のあたりの景観が想像以上にひどかったです。おすすめできません。

体感気温32度(わたし調べ)の厳しい暑さの中、10㎞ごとにあるエイドの給水では到底足りませんでした。
ちはやふるの女の子ぐらい、わたしは音に敏感になって、パイプから漏れて噴き出す水鉄砲とか、苔の壁をしたたる湧き水とか、あらゆる水音を聴き逃さずに、ハンターみたいに飛びつきました。次にいつ、水チャンスがあるかわからないと思うとこわくて、適量の給水では立ち去れず、毎回限界までぐびぐび飲んだくれました。

そんな中現れた私設エイド。
女の子が冷たい栄養ドリンクを手渡してくれました。
若いお父さんは、「アキコのフェイスブックで見たよ!」とのことで、格別に親切にしていただきました。広報、実を結んでいます。

お礼を言って腰を上げると、今度は別のスタッフの方がトランペット演奏で送り出してくださいました。
曲目は「涙そうそう」。日本人専用の応援歌でしょうか。
伸びやかな音色を背中に受け止めてプッププップ、走りながらおならが出ました。小気味良いリズム隊。
あきちゃんが隣にいたら、笑ってくれたかなあと思うと無駄っ屁もったいなかったです。