後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年5月22日日曜日

あきちゃんはなかなか来ない

武内さんのゴールを、絶対逃さずに迎えるのが今のわたしに残された使命です。
南横の時も武内さんと同じ部門に参加されていた石川さんに、「武内さんの南横のタイムは12時間ちょいです」とご相談すると、もうすぐ帰ってくるのでは? と予想してくださいました。お昼頃、連れ立ってちょっと様子を見に行きました。
106kmの制限時間は20時間と長く、ゴール時間の予測が立てにくいです。
各部門の選手はまだあまり帰ってきていないみたいですが……。完走率が気になります。

コンビニに行くと、顔見知りのランナーがいて、「アキコはまだ走っているよ!」と、グッジョブの指サインで教えてくださいました。ただ、どのあたりかを聞くと、顔をしかめて「まだまだだね」の返事。
石川さんと一緒に出迎えてよろこばせたいなあと思っていたのですが断念して、ひとりコースを逆走して様子を見に行くことにしました。



ここは観光地、タロコ峡谷。
左右にそびえ立つ岩壁は、たっぷりの絵の具をナイフで粗く盛ったような肌合です。どれだけ見つめても見飽きない魅惑のテクスチャーですが、同時にここは落石事故の多発地帯。選手はヘルメット着用を義務づけられています。

わたしも武内さんも、ヘルメット持ってなかった。買って、今後家に置いておくのも嫌でした。そこで現地の知人に頼んで2個、お借りさせていただきました。せっかくお願いしたヘルメット、わたしは使用することなく終わってしまいました。

昨日わたしが走った150kmは、246km走るつもりで温存していた150kmだったから、翌日もダメージはなく、そこがまた侘びしかったです。せめて限界まで走れていたなら、まだ練習にもなったのに。

さっき竹田さんがおっしゃっていたのは、「レース中はポジティブなことしか考えない」というお話でした。ええ〜、そんなの、生まれ変わるしかないです!  早速わたしは得意のネガティブマインドを発揮して白目をむきました。
でも、ゴール目指して懸命に走ってくるランナーたちを見ていると、「常にポジティブにレースのことを考え続ける」という竹田さんの方針がじわじわ染みて来ました。生き残り続けている人たちは、100%とは言わないまでも、どこかに常に、必ずポジティブのかけらを持ち続けて、ここまで辿り着いたんだろうなと思う。強いな。
そういえばわたしがだめになったのも、ネガティブになってからでした。上りへの苦手意識が強過ぎて、進んでも無駄だと思ってしまった。「わーい! 上りだ! 大好物!」と思えたら、事態は違っていたでしょう。でもそれは事実に反するポジティブだもんなあ。苦手をなくすことがまず先決ですね。

「ちょっとそこまでお出迎え」のつもりでしたが、もうちょっともうちょっとと思っているうちに2kmも逆走していました。トンネルの入り口で武内さんを待ちました。
そろそろ来るな〜と思いながらあっという間に2時間が経って、時刻は午後5時。制限時間まであと1時間。まだかなまだかな。不安が膨らんできます。

246kmや160kmのランナーは比較的元気に走っている方が多かったのですが、106kmの選手は見事に全員歩いていました。距離の長さと活力の残量とは比例しないようでした。

「アキコ、来るよ。」後方を指差して教えてくれたランナーがいました。よかったもうすぐ来るのね!? ありがとう! ビデオカメラをセットしました。

「あーきーちゃーーーーーん!!!」
通路いっぱいに自分の呼び声がこだましましたが呼応する声はありません。トンネルの奥の光を背に、力なく手を振る武内さんの、シルエットだけがぽつんと小さい。

「大丈夫!? しんどい!? 脱水!?」
直前に通った106kmの選手がゾンビ状態になっていたので、武内さんもかなりつらいのではと心配して駆け寄りました。
「あと何キロ?」
「2キロ。」
「まじで〜? なんかさあ、GPSの距離表示、もうだいぶ前から106km、超えてるんだよ。コースこっちで合ってる?  どこまで走ればいいのかわかんなくてさ。106km超えてからみんな力抜けちゃって、ずっと歩いてる。」
そうなんだ!? そういや石川さんも「絶対106kmより長い」って主張してたけど無視しちゃったよ。

リタイアしたことごめんねごめんねと謝ると、武内さんも、眠くて眠くてずっと、全然走れなかったそうでした。150kmのポイントであの時、わたしを救って一緒に頂上を目指せたとしても、自分自身がきつくてサポートできなかっただろうって。「あのあと、山はめちゃくちゃきつくて、くるちゃんやっぱり厳しかったかも。雪あったよ、頂上。」

「……高山病だったかもしれないな。」
あのがんばれなさは普通じゃなかった。ふたりとも口々にそう言って、各自の不調を正当化しました。