後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年5月16日月曜日

スタート

説明会のあとの1時間半、ホテルのふかふかのベッドに横たわって時を過ごしました。
おなかもいっぱいになったし、今日は昼寝もしていません。自信の根拠はあったのに、眠れる根拠はあったのに、これから始まるレースの不安で昂って眠れず、時間がもったいないという焦燥感だけが無闇に募りました。

武内さんに、スタート10分前に起こしてもらいました。
寝られなかった……。
シューズを履いてトイレに行って、ヘッドライト装着。
ペットボトルを半分に切った、お手製マイコップも持ちました。
行ってきます。

スタート5分前。

星がいくつか見えました。
今日は、4月1日。
そういえばエイプリルフールだったなあと直前に思い出して、そのまま、なんとなくすっきりしないスタート。お祭りで、親とはぐれた子どもみたいな気持ちでした。


コースは大きな道路を進みました。
街灯が十分明るく、ヘッドライトは不要でした。
分岐点では道案内のスタッフの姿もちゃんとありました。
その上ポリスが後ろからバイクで足元を照らしてくれて、日本人だから特別扱いしてくれたのか、漫画の衣装が効いたのか、それとも偶然だったのか真相はわかりません。それでも偶然にしては長く、10km続いた明るい照射に、スタート時のよるべなさは晴れていました。

「クルミー! 加油ー!!」
顔見知りのランナーが道路に背を向け、立ちションしながら首をひねって叫んでいます。
わたしも思わず笑って、「あははー、ニャオニャオー(尿尿)?」快活に応じました。
それは自分にとってエポックメイキングな出来事でした。
野ションとか野グソとか、そういうのは人目につかないようにするか、それが無理なら牙を剥くしかないと思っていました。でも、そうかそうか、こういうやり方もあるんだなと思って。元気いっぱい、恥ずかしがらずに陽気におしっこしてもよい。……っと。メモメモ。
わたしも環境を十分に見極めた上でいつか実践したいです。

最初のエイドは12km先にありました。
喉がとても乾いていました。
マイコップに5杯、足を止めて十分な給水をしました。

気温が高いのか。湿度が高いのか。
夜は走り易い環境のはずなのに、発汗が異常です。
飲んでも飲んでもすぐ喉が乾く。
とても暑い……。

原因は太ったことと、あとはあれです。漫画の衣装に使った、ユニクロのヒートテック。
ユニクロ、ヒートをテックしすぎ! 
あっつい!!

ハイネックが首にべっとりまとわりついて、額からは汗が幾筋も滴ってきます。
ああ暑いなあ、だけどいつ、後方から写真撮られるかしれないからちゃんと、漫画着ておかなくちゃ……。
一途な責任感が、わたしにヒートテックを脱ぎ捨てることを許しませんでした。
あつい、あつい。12km先のエイドは常になかなかやって来ず、喉の激しい乾きのこと以外は何も考えられません。

50kmでランナーの群衆は点々と散らばりました。
走り出してからしばらくの間漂っていた高揚感は、長距離に適した淡々としたリズムに代わり、写真を撮るランナーももういません。

っていうか自意識過剰過ぎたかな。本当はだれも最初から漫画なんて興味なかったかもしれないけど、写真なんて撮られてないかもしれないけど……。
ここまで、生真面目に着続けてしまった。
もう限界だ。
脱ぐ。

ヒートテックの下にはもう1枚、白いコンプレッションウェアを着用してました。2枚白を重ねると白色の見え方がよりきれいになるためです。
余計な重ね着でしたが、インナーを着ていたおかげで、外側のヒートテックを脱いで解放されることができました。
裾をタイツから引っぱりだし、袖をひっこぬいて、首だけ残してぶら下げました。手に持つのは煩わしいから。
そうやって半分脱いだだけでも風が背中に涼しくて、最高。もっと早く脱いだらよかった、風が、風がなんて気持ちいいんだ!

このきもちはなんだろう。このきーもーちーはーなんーだろうー!
心地よさはメロディを連れてきてそして、つられるように第一波目の眠気が、早くもやって来ました。