後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年6月1日水曜日

下半期



なにも、がんばっているアピールをしたくてする話ではないことを、まずご了承ください。

わたしは今、さっき、伏見稲荷を走ってきました。
夜早く寝て、朝早起きして仕事をするはずが結局眠れず、諦めて深夜1時、走りに出かけました。

ここ数日、わたしは軽い不眠に陥っていました。
いつ何どき、どこにいても熟睡できる(大会前夜を除く)特技を持つ自分が、不眠に苦しむなど滅多にないことです。

昔よく履いていたタイツに着替え、思い切っていざ、走り出してしまえば夜風が頬に心地よく、地面のコンクリートを一歩一歩、かかとがリズミカルに捉えます。眠れない……と思ってまんじりともせず夜を過ごすより、走ったほうがずっといいと思いました。

じきに伏見稲荷の朱い鳥居が見えてきて、コースは上りになりました。
長く続く階段を、踏み込む足に力が入りました。

昨日は武内さんに、こどもの頃の思い出話をしてしまったのでした。
転勤族だったこと、友だちができてもすぐにお別れしなくてはならなかったこと。
「すべては通り過ぎる」なんて、受け売りの文句で転校のショックを防御しようとしていたこと。

階段は延々、上にのぼっていくのに、対照的にわたしは古い記憶目がけて深く潜水していって、呼吸が苦しく目をつむりました。

「だれとも親しくなりたくない。」
転校当日、うつむいて教壇の上に立ち、クラス中の好奇の視線にさらされていた当時の自分に、「早くおとなになるといいよ。ずっと友だちでいたいと思える女の子に、会えるよ。」そう言ってやったら、小学生の自分は驚いて顔を上げるだろうか。信じるだろうか。どんな顔をするんだろう。

なんてね。
もう忘れたな。
別に、そこそこ利発な子だったようにも思う、むしろ不敵な目をしてこちらから同級生を値踏みしていたかもしれない。覚えていない。

記憶の海の中は生臭くて、長くは潜っていられませんでした。
それよりも今現在、武内さんと友だちでいられることの多幸感でわたしは満たされていて、ランナーズハイです。

今日の伏見稲荷は人が多いです。
夜中だと走っていても、いつもはだれにも会わないのに、今日はなんだか妙な感じです。
確かにこれまで、肝試しの若い団体客がいることは稀にありました。
でも今日はそういう感じでもない。
こんな時間なのに単独の人が多いし、ふたり連れのおじいちゃんも滞在時間が長過ぎる。これで挨拶するの3回目だ。

ぐるぐると周回を重ねるうちに、お茶屋さんに灯りが点り始めました。店先ではせっせとお座布団を並べていらっしゃいます。
でも、だって、まだ4時にもなってない。準備が早過ぎます。
山頂付近には般若心経を唱える厳かな読経が響き渡っています。
微かなお香の香りに鼻腔をくすぐられました。
霊験あらたかな雰囲気は明らかに普段のこの時間帯の、寝静まった稲荷神社とは異なるものです。

ええと、今日は? 日曜日とか? いやいや平日だ。何かお祭りがあるのかな? 今日何日だろうえっと、あっ、1日。月初めなのか。ていうかあれだ、6月1日だ、……うわあ! お正月からもう半年経ってんの!?

半年前のお正月がつい昨日のことのようです。
やばいこの調子だと明日にはまたお正月来ちゃう! 
時空が歪んだように感じました。

薄く薄く白み始めた空と、漂ってくるお経の一本調子に、わたしはしんとして、敬虔な気持ちになりました。
タッタッタッタッ、お経の節に木魚のリズムを重ねるみたいに、足音を鳴らして走りました。

人が少ない早朝は、行き交う者同士、会釈や挨拶を交わすのがここでの決まりです。
すれ違う、見ず知らずのだれかと、目も合わさずに「おはようございます」の声だけで触れ合う一瞬が、わたしは好きです。
「おねえちゃん、朝はよからえらいな。何周するん?」
おっちゃんの問いかけに曖昧な笑みを浮かべて小首をかしげ、「えへへ。お疲れさまです。」と濁してスピードを上げました。

「眠れなくて。走りにきたんです。」
心の中でそう答えたら、眠れなかった間に考えていたばかばかしいこととか、月末に迫ったマラソン大会のこととか。突如、感情が爆発しました。どうしたというのか、全身の末端まで一挙に孤独感が染みいって、わたしはうろたえました。
最初ハイのあと悟りを得たと思ったらぶっ壊れた。
情緒が定まらない。
稲荷神社のキツネにハートをハッキングされたみたいだ、と思う。

意識はおかしなほうへ、おかしなほうへ転がり続けます。

子どもだった自分は、引越しのたび「これからもずっと友だち」なんて口にしながら、「嘘だけどね」って達観したつもりで内心冷笑していました。
そんな自分に反逆するみたいに、今になって、必死になって、「武内さんと一生友だち」を公言してはばからない。わたしはあきちゃんが大好きだし、これからもずっと好きでいるよ、いさせてほしいと願う。
でも、言えば言うほど、絶望感に襲われるのだ。自分たちで死亡フラグ立てて、ばかじゃないの? と思う。仲良しのままいられるわけない。今後、「絶縁」のエンディングが待ってないと物語として成り立たない。

もしかしてあきちゃんは、より悲劇的で、より美しいストーリーをつくるために、今仲良くしてくれているのかなとわたしは勘ぐる。
すべて、未来のエイプリルフールを盛り上げるために用意された、大掛かりな脚本なんじゃないか。
転校生だった頃の自分の、受け身をとるしかなかった、みじめな思いが再燃します。

わたしはギリリと歯を食いしばって、顔を上げました。
いい。あきちゃんがいなくてもだれに嫌われても、全世界を敵にまわしても、わたしは絶対生きてやるからなと思う。
思考が極端すぎる。
「一生友だち」だとか「生きてやる」だとか、大仰で陳腐な言葉の大洪水。

感情の、あたたかいとつめたいとをセットで繰り返して、せり上がってくる嗚咽をどうにか飲み下したら、逆流した感情の空気砲がお尻から勢いよく噴射されました。
しかもすごい、うんちの匂いのするおなら。
危険な香りです。
便意の緊急信号です。

なるべくジャンプしないようにそろりそろり、抜き足差し足で走ってみましたが、このあたりにトイレはありません。
制御不能。
わたしは勇敢に判断しました。

前後から人が来ないことを祈りながら、ルートを離れて木陰に隠れ、野グソしました。
頭に憑いてたキツネは消えたけど、今度はハエがつきまとってブンブンうるさい。
目の前にあった大きめの葉っぱでお尻を拭いたら、くすりゆびにべったりうんちがついて、ちょっと〜だれも見てないよそんな派手な演出いらないよと思いました。
タイツがたまたま茶色だったことに感謝でした。拭き残しがあっても最低限の見た目はクリアできますありがとう。このタイツ、もう1年以上履いてないやつだったのですが、わたしが強運(うん)の持ち主なのか、もしくは、このタイツこそが便意を呼び込んだ張本人なのでしょうか。

手についたうんちは苔で拭き取ろうと思って、緑の岩にくすりゆびをなすりつけたら、苔って湿気てるものだとばかり思っていたのに水分の感触はなく、かえって皮膚に強い臭いを付着させる結果と相成りました。
今日はもう帰ろうと思いました。

眠れず、熱に浮かされたみたいに家を飛び出した昨晩1時、あのときの自分は14歳の設定でした。でもそのたった4時間後、わたしは、もう年寄りみたいな気持ちです。ものすごいランニング体験でした。うんちのおかげで落ち着きを取り戻せてよかった……。
浮き沈み、のち帰還!

感情の荒波に振り回された結果いろんな分別を身につけてしっかりプラス17、齢をとって、31歳。精神年齢が実年齢に達しました。あと半年間、今の31歳のうらぶれ方を忘れずに、心を乱さず、浮かれず、平らかな気持ちで、良識的な日常を送りたいです。

みなさんも良い下半期をお送りください。

徹夜明けのテンションだととんでもないブログ書いちゃうという教訓回でした。勇気ある〜

……こののち我に返って勇気を失い、その日のうちに記事削除したのですが、励ましをいただいての再アップです。
結果的にかまってちゃんになってしまって何重にもお恥ずかしい限りです。
諸々失礼致しました。