後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2014年10月5日日曜日

あきちゃんと走った 3

80km関門を越えたら、関門の時間設定がゆるくなるはずですが、エイドで休むこともなく一生懸命まじめに走っているのに、貯金が全然増えません。


あれ、…わたし、やばいのかな。
80km以降もこれ全然らくにならないな。

35分になんとか増やせた関門閉鎖までのなけなしの猶予はトイレタイムであっという間に30分に減り、その後も貯金を下り坂で35分に戻しては、上り坂で食いつぶす繰り返しでした。

キロ9分ペースは普通に考えたらゆっくりペースなはずなのに、呼吸はずっと苦しくゼーゼー言っていて、周りにそんなふうにあえぎながら走っている人は誰もいなかった。


日が暮れたのは100キロ過ぎだったかなあ。忘れてしまいました。


エイドに預けておいたライトをまだ明るいうちに手に入れることができて、ほっとしたのは覚えています。
エイド滞在によるロスを最小限にとどめるため、わたしはここまで荷物を預けていませんでした。

エイドにあるものでなんとかしようというのは、以前から当たり前のように決めていたことでした。
スパルタのエイドには乾きものしかなくて喉が通らなかったという話に「ケッ」と思ったわたしは、世に現存する最も喉を通りづらいであろう乾きもの=高野豆腐で、補給の練習をしてきました。
リュックに高野豆腐と塩と水だけ持って走りに出かけ、もっそもそパッサパサの高野豆腐をかじってエネルギーを補給するのです。
走り込みはできなかったけど、そういう謎の練習はこっそり積んできました。

100km手前で、自分はかつて経験したことがないがよく聞くランナーあるある、足裏のマメトラブルに見舞われました。そのまま進もうか、処置をしようか迷いましたがエイドで止まって、マメの水を抜きました。
日本のランナーのみえこさんが、ワセリン塗るといいと教えてくださってありがたかったです。

靴のサイズが元々小さかったのか、想定外に足がむくんでしまったせいなのか、足裏だけでなく左足の4本の爪先が異変を来たしています。
骨や内臓の痛みじゃなくて外傷の痛みならいくらでも我慢できる、程度が知れていると思ってその後もスタコラ走り続けたけど、…やっぱりかばって走ってしまったのかな。
痛みに対する耐久性には自信があっただけに、今もなおうちひしがれています。

固形物は食べる気がしなかったけど、意識してビスケットやバナナやリンゴ、レーズンを口にしたし、水分も水ではなくコーラなどのカロリーのある液体を摂取するようにしました。

胃腸はやられてないつもりでしたが、130kmすぎ、そろそろ固形物入れなきゃと思って口に含んだクッキーがいつまでも飲み下せず、口腔いっぱいクッキーまみれのまま1kmぐらい走って、やっとの思いで少しだけ嚥下した瞬間に、胃の中のものすべてリバース。

これか…。
これが噂に聞いていた、スパルタスロン名物「内臓やられ」なのか…。
自分もなのか…。
自分も、他のリタイアした人々と同じ道を辿るのか…。

レース中に吐いてしまうのは初めての経験でしたが、話には度々聞いていたので、恐れはありませんでした。
死も、こんな感じなのかもしれないと思いました。いざ死んじゃえば別にこわくないんじゃないか。

道端にかがみこんでゲーゲーやっていたら、外国の方がやさしく背をさすってくれて泣けました。

「ドントウォーリー、スローダウン、走らなくていい、焦るな、次のエイドには歩いてでも間に合うから、回復するまで待って、エイドではスープを飲むといい、大丈夫だ大丈夫だ、ドントウォーリー。」

だけどわたしは、次のエイドの次のエイドにも行く気なんです、次の次の次の次の次の次も、ていうか、フィニッシュする気でいるんです…。

嘔吐のショックにうちのめされて、坂道を言われた通りに歩いて上りました。
走るなと言われなくても、スピードを出せるような脚はもうなくて、それでも、あれ?  内臓やられたらフラフラになって前に進めないって聞いていたけど、意外といけるな、とも思った。
水でうがいをしたかったけど、意識ははっきりしていたし、この走れない原因はガス欠とも明らかに違いました。ただの走力不足。吐いても元気なのはたっぷり溜め込んだ体脂肪のせいなのかもしれない。

真っ暗な道はアップダウンを繰り返し、関門までの貯金は残酷にも進む毎に目減りしていきます。
介抱してくれた外国の方は、速いけどエイドでたっぷり休むのでだいたいわたしと進度が同じで、しばしば声をかけて励ましてくれました。

「ドントウォーリー!  ユーキャンドゥイ!」

わたしも思った。
ドントウォーリー、アイキャンドゥイ。
あきちゃん、わたしまだ走ってるよ、走ってるし、仮に、仮にリタイアすることになっても、ひとつでも先に行くよ、完走するけどね。
…でもほんとは完走できないかもしれないんだ、なんか時間、ないんだよ全然。今もう20分まで貯金減っちゃったよ。どうしよう、完走できないかもしれないんだ。…あきらめないよ、あきらめないけど……。