とんぼせんせいの送ってくださったお顔です。
作家、とんぼせんせいのアイコンです。
とんぼせんせいで画像検索したらかわいいのがいっぱいでてきました。
とんぼせんせいのウェブはこちら。
かわいいです。
六甲植物園で、「後頭部にあなたの顔を描いて旅へお連れします」という説明がなかなかお客さんに伝わらず、どんな言葉を選べば良いのか四苦八苦していたのですが、とんぼせんせいは即座に趣旨を汲み取ってくださって、しかも「 自分の顔じゃなくてもいいん? 後頭部が広告スペースになるってことやろ? 千円! 安!」と、まるでサクラのように購入してくれました。どうせならもっとお客さんに見られているときに披露したいやりとりでした。
わたしの言っていた「あなた自身の顔じゃなくても可」というのは、例えば飛行機に怖くて乗れない友人に対するプレゼントだったり、死んだおじいちゃんの顔とか、病気の金魚とか。
どちらかというとそういう、わけあって旅に出られない命あるものに対するぬくもりアピールだったのですが、そうか後頭部は広告にもなり得るのかと気づかされました。
お名刺もかわいいです。
かわいい以外の形容詞が見当たりません。
かわいいのですが、やっぱりいわゆる「人の顔」ではないこの顔を、どこで登場させたら良いものか。悩みました。
実は以前一度とんぼせんせいのクジが出たことがあったのですが、ひと気がないプール回だったこともあり、たくさんの方に見てもらえたほうがいいのでは? またの機会に…と後回しにしてしまって…。
わたしたちはこの日も寝坊をやってのけました。
今日はギリシャ第二の都市、テッサロニキへ向かう予定です。
「とにかくテッサロニキまで出てみて、マケドニアやセルビアへ行けるか交通手段を聞いてみよう。すべてはテッサロニキに着いてからだね。」
一日一本しかない朝の列車に、乗り遅れてはおおごとです。
まだほんのり薄暗い朝7時。
後頭部、顔描かなきゃ!!
あと30分で、荷造りもぜんぶしなきゃ!
ホテルのベランダで、目の前に立ちはだかる巨岩に圧迫感を覚えながら急いでクジをひいたら女性の名が…。
無理無理、女の人難しいから却下!
どうしようー!
…今こそじゃない!?
今こそ、とんぼせんせいの出番なんじゃない!?
とんぼせんせい、とんぼせんせい…。(瓶の中のビスケットクジをまさぐる)
出ましたっ!
とんぼせんせいー!!
とんぼせんせいの顔はちゃちゃっと描けるはずだったのですが、バランスに気をつけてという注文を思い出してしまいました。
「バランス、バランス…」
シンプルなだけにごまかしがきかなくて、何度も修正しているうちに結局時間オーバーに…。
昨日からアリスインワンダーランドの世界観をひきずっているわたしは、ご飯よりもクッキーに目が行きました。
しかしクッキーを口にしても、背丈が縮むことも、これ以上でかくなる惨劇に見舞われることもありませんでした。
ちょっと目が寄ってしまったとんぼせんせいのバランスが変わることもなく。
つめたい朝の空気を深く吸い込んで、ふたりは駅までの道のりを急ぎます。
前を行く武内さんの小さな背中に、不釣り合いな大きさのザックがせわしくバウンドしていて、わたしは「ランドセルが歩いているみたい」という月並みな表現を思いました。
道行く人々が血相を変えて急ぐわたしたちに驚いて目を向けます。
後頭部じゃなく前の顔で注目を浴びてしまいました。
走った結果、カランバカ駅に思ったよりも早く着けました。
間に合った!
さいごのメテオラを、しかと瞼に焼き付けます。
後頭部のとんぼせんせいは髪を剃れなかったせいで顔色が青く、あきちゃんが、「体調大丈夫〜?」せんせいに話しかけていました。
国際郵便用のポストは黄色だとガイドブックで勉強してから、エアメールを送るべくきょろきょろポストを探していてやっと見つかったのですが、肝心の切手がなくて投函できず。
既に駅にスタンバイしていた列車は自由席とのこと。
慌てて乗り込みました。
席確保。
とんぼせんせいの満足げな微笑みに、窓から差し込む朝日が血色を与えます。
パレオファルサロスで、乗り継ぎ列車を待ちます。
……
………
……………………。
こんなに人がいるのに、ちらちら見られてはいるのに、誰も、話しかけたり写真を撮ったりしてこない。
はじめてのことでした。
とんぼせんせいの造形のクオリティが高いせいで、ファッションだと思われているようです。素敵なタトゥーだって。
…………………これ、おしゃれでやってるんじゃないんです!
わたしも、武内さんも、おしゃれな自分たちのことがおそろしく不安になってしまいました。
「後ろのあなたと旅をします。」
そう銘打ちながら、実際に旅に出るまではそんなわけないじゃんって内心薄く醒めてもいたし、旅に出てからは後頭部めんどくさいとか恥ずかしいとか、重荷に感じることもあったのですが、ホームで寂しく列車の到来を待ちながら、ふたりは今までどれだけ後頭部の顔に助けられてきたか、「後ろのあなた」に頼ってきたかをしみじみ実感したのでした。
わたしたちは自分たちが想像していた以上にずっと、後ろの顔の人格に導かれてきました。
わたしたちの旅の主役は「後ろのあなた」だったのでした。
この旅に「後ろのあなた」は欠かせない存在なのだな、自分たちにとってすごく必要なんだな、必然なんだな。
とんぼせんせいの顔が「人」じゃなかったからこそ気づいたことでした。
とんぼせんせいには、ちょっと、一旦おいとましていただこうか…?
自分の後頭部に驚きと感謝を込めて、次の方のクジを引きました。
そして、後日。
とんぼせんせい、再び登場です!
日焼けした肌にとんぼせんせい、埋没しちゃいそうですが、
おはようございます!
いただきます!
後頭部のお客さんが変わっても手の甲のとんぼせんせいは健在で、わたしたちの旅はさらににぎやかです。
時間がなくて焦っていてもとんぼせんせいが目に入るとほのぼのしました。
銅像ととんぼせんせい
石像ととんぼせんせい
おおきな栗の木の下のとんぼせんせい。
日付が変わって、ベオグラード空港でも。
アテネ空港でも。
羽田空港で旅の終わりを迎えて手を洗っても、色素は落ちきらず、夜行バスで武内さんと別れる時までとんぼせんせいの顔がうっすら残っていました。
とんぼせんせい、ありがとうございました!
長旅、お疲れさまでした。