後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2014年10月9日木曜日

小吹さん、奇岩のまちへ

小吹隆文さんです。
アートライターの方です。
何度もお目にかかって、お話したことだってあるのに、六甲植物園で後頭部ビジネスの旅券を購入していただいた時のことを、わたしはさっぱり覚えていません。
顔写真の添付されたメールをいただいて、小吹さん、いらっしゃいました⁉︎  いつ!
おったまげました。


武内さんは小吹さんの顔を見て、「なんかおじさんの顔描くのはじめてだね。」とかいう失礼極まりないことを言っていました。


朝わたしたちは寝坊をしたのですが、宿泊プランに無料でついている朝食がもったいないので食べ逃すことができず、猛スピードで事務的に食物を口に運ぶと、ベッドに散乱した荷物をバックパックに放りこんで、駆け足でメトロの駅を目指しました。


目的地は、巨岩で有名な町、メテオラ。
列車は、朝と夕の1日2本しかありません。乗り遅れては大変です。
チケット売り場の行列がなかなか進まず、やっと順番が来たと思ったら窓口のお姉さんが、現れた同僚の男性と抱き合ってチューとかやり出して、ちょっと!!  時間時間時間時間!  
日本の若者がゆとりゆとりと糾弾されているけれど、ゆとりという点で日本は全然世界基準まで達していないと思いました。
ゆとりエリートなめんなよ、でした。


座席はひとつしか確保できませんでしたが無事チケットを購入でき、乗り場も間違うことなく、見事正しい列車に滑りこみました。


武内さんが、くるちゃん足痛いでしょ、座ったがいいよと甘やかしてくれて、わたしはそれだと申し訳ないので、膝に乗る…?  としつこく勧誘したのですが、フラれた。


まもなくして、ガーッ(武内さんがわたしの睡眠を表現する時の擬音)と寝入ったわたしの肩を、ポンポンと叩くちいさな手のひらを感じました。
…武内さんではない。
通路を挟んで隣席の、女の子のしわざでした。


乗車してすぐ、にこにここちらを見やっていた彼女でしたが、なんだろう?  写真かな?  どうぞどうぞ、撮ってくださいと寝ぼけまなこでわたしが後頭部の小吹さんを差し出そうとすると、武内さんが、「ちがうの、なんかね、これ、くれるって!」


ヒョウ?  を模した刺繍のブレスレットを、わたしたちの手首に巻いてくれたのです。


色違いで。白と、ピンク。


なんでなんでなんでなんで?


先日のスパルタスロンのパーティ会場で写真を売りつけられた時のように、何を請求されるんだろう、もしくは何か盗まれるのかなってわたしは最後まで芯からは警戒を解けないままで、そんな自分が本当に本当に、あさましいと思う。最低。


ギリシャのガイドブック「地球の歩き方」に目を見張り、スマホに入った後頭部写真の数々に歓声をあげてきゃらきゃら笑う、木漏れ日みたいな彼女の表情を見ながら、別に盗まれて困るものなんかないのに、この笑顔に疑念を持つこと以上に悔しいことなんかないはずなのに、でもパスポートの入ったバッグをぎゅっと握りしめている自分もいて、胃がシクシクしました。


何かお返しできないかと、リュックにつっこんであった柿の種をあげたのだけれど…。
よろこんでもらえたか自信がありません。
ただただ異国人の我々にピュアな興味を持って、お近づきの印にとプレゼントしてくれたのであろうかわいいブレスレットを、見返すたびにわたしの胸は軋むのだろうと思います。


すっごくうれしかった。
「もの」になんの興味もないけど、宝物ってこういう存在なんだろうなと思いました。
彼女の未来が光輝くものでありますように、どうか、幸福で彩られたものになりますように。
思いつめるあまり、今なら宗教にだって入信できそうでした。今後の彼女の人生に何の恩恵ももたらせない自分の非力を痛感。
いるのかいないのかわからない、天にまします我らの父よ。彼女の未来をお守りください。


途中下車した彼女らを切なく見送ったあと、感受性の鬼になったわたしは武内さんといつまでもこのささやかな幸せについて語らいました。


けれどもわたしは、彼女を盗賊じゃないか半信半疑でいたことをこのブログで、今はじめて自分の外にこぼしたので、あきちゃんに知られて軽蔑されるのがこわいです。


車窓から単調な平野をぼんやり眺めていると、ふいに景色に凹凸が現れました。


あきちゃんあきちゃんあきちゃんあきちゃん岩岩岩岩!!!


岩!!
いわいわ!!
みたみた!?


岩だねー!!!


メテオラ観光の最寄りの駅、カランバカに着きました!


小吹さん!
岩です!!


メテオラです!


みなぎる感動をお手洗いでクールダウンしました。


いいなあいいなあ、岩いいなあ。
ずっと来たかったんだよなあ。


ディスワンプリーズ。
指差す手首には、あっという間に「思い出化」されてしまったピンクのブレスレット。



齧れど齧れど中に何も入っていない、ただのパイかと思いきや、…なんか、お肉の味しない?  
わたしの手元のブレスレットみたいな薄ピンク色の肉汁が生地と生地との間に染み込んでいて、姿はなくとも確かに主張する肉の旨味に、汁の持ち主だった動物の執念を感じました。

それはそうと、とりあえずの胃袋を満たした我々の今晩の宿はまだ決まっていません。


これ…。空き家だよね。いざとなったらここだね。
「地球の歩き方」に載っているホテルに送ったブッキング願いのメールには、一晩明けても返信は来ぬままです。


大通りを選んで歩き、空いているホテルを探していると、道端にちいさな遊園地がありました。


小吹さん、乗馬とか興味ないと思うよ…。そう言いながらも、旅の動画の見せ場になるのでは、と1ユーロで遊具を起動させました。


陽気なカウボーイ音楽に合わせ、馬の背がゆっさゆっさ、もどかしげに上下します。


ぐらぐら揺られるわたしの視線の先には運動場越しの奇岩がそびえていて、あきちゃんも乗るー!?  背後で撮影中の武内さんに向かって大声で問いましたが、返ってきたのは、遠慮しとく。というプロフェッショナルな答えでした。さみしかったです。


馬から降りて、またホテル探しに戻ります。
視界がひらけて、大きな広場に出ました。


「わーすごいね。岩山だ。
そして手前の人工物との対比がまた。観光地感をぐぐっとアップ。」
うれしくって日本の知人に写メしたら、すごく分析されてしまいました。


小吹さんが評論されているみたいです。メテオラの虚実。


ツーリストインフォメーションを見つけて飛び込んだところ、「ホテルなら豊富にある。直進して右側にすぐあるし、そのあとは左側にも、とにかくたくさんだ」とマップを渡され、わたしたちは言われた通りあっけなく、右側にホテルを見つけてチェックインできたのでした。


ホテルREXの222。
小吹さん、野宿は免れました!


巨岩と乗馬のカオスな取り合わせにお付き合いいただいて、小吹さんありがとうございました!
女の子がとても愛らしかったことも。
お疲れさまでした。