後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2014年10月5日日曜日

リタイア後

てっぺんに着いたら、下のエイドにいたさっきまでのスタッフの方々、手をひいてくれたおねえちゃんまで勢揃いしていて、拍手とハグとで迎えてくれました。

ソーリー、トゥーレイト…。
わたしは遅くなったことを詫びに詫びて、これがジャパニーズトラディショナルだとばかりに土下座でもしようと思ったけれども、太ももが言うことをきかなかった。

かわりに、瓶のケースみたいな、プラスチックの低い立方体を差し出されて、思うようにならない筋肉を振り切って勢いよく腰をおろしたら、ケースが砕けて驚愕した。

頂上でリタイアした他のランナー一名もいっしょに、スタッフの方々と我々はワゴン車で下山するようでした。
毛布にくるまれ、助手席に案内された途端に意識が遠のいて、途中でふっと目を開くと、わたしは朝の光の中にいました。

一変した世界に驚嘆して、「モーニング…!!」嬌声をこぼすと、車内に笑い声が溢れました。

サンガス山ってこんなだったんだなあ。木がモコモコしていて、絵本の世界みたいです。ビューティフル、ワンダフル、ファンタスティック…。知っている限りの横文字をうわごとのようにつぶやいて、下を見たらちょっとあり得ない細さの獣道を車はジープみたいに傾きながら下っていて、疲労しきっていなければ悲鳴をあげてしまうところでした。

それから車を2度乗り換えて、最後にリタイアランナー専用の大型バスに乗りました。ランナーは数名しか乗っていません。山のてっぺんから付き添って慰めてくれていたスタッフの方が、一番後ろの長座席に案内してくださって、わたしはすぐに体を横たえてぐーすか眠りこけました。

車体の揺れがおさまりました。

…着いてしまった、バスで、ゴールに。

あきちゃんにどんな顔をしたらよいのか。
もう、リタイアしたってわかってるかな、わかってるよな、ごめん、ごめんね。
わたしはバスを降りて、群衆の中にあきちゃんの顔を探すのでしたが、それは頭の中の夢で、実際はわたしの体は座席にぴったり張り付いたままでいるようでした。

バチバチっと音がしたので驚いてうっすら目をあけると、窓ガラスが大粒のヒョウの攻撃を受けていました。
あきちゃんヒョウに打たれて大丈夫かな?  応援の皆、エイドの皆、走ってる方々、大丈夫かな。
わたしはバスに護られている自分に安心して、また、寝た。

しばらくしたらバスが動き出す気配がして、あ〜れ〜。わたしは一体どこへ運ばれるのか。


バスはまた止まって、また動いてを繰り返しています。
どうやらさっきゴールに着いたと思った所はゴールではなく、バスは途中途中の関門に着いたら閉鎖時間まで待って、リタイアランナーを回収してゆっくり進んでいるようでした。

車窓から、今なお淡々と走り続けるランナーたちの姿をぼーっと眺めました。
日本の方もたくさんいたし、わたしがリタイアする直前に前後して走っていた見覚えのあるランナーも、まだ生き残っていました。


わたしにできなかったことを、彼らはまだ続けている。

わたしはこれからどうするのかな。あきちゃんに、どう説明するのかな。なんで完走できなかったんだっけ。
「力不足でした。」
引退かな。


結局、ゴールに着いたのは夕方4時頃だったでしょうか。リタイアしてから10時間近く経っていました。
ランナーが続々と、フィニッシュへ向かう直線を駆けていきます。

あきちゃん、いるかな…。

毛布をしっかり抱き寄せたまま、下車してホテルのロビーを覗いたら、日本の方々がソファに座っていて、あきちゃんの姿もそこにありました。

こちらを見て、虚をつかれた表情で、
「くるみちゃんだ……」
と言った。

くるみちゃん、帰ってきてる……。
生気を失った声色で、「今応援旗つくろうと思って日の丸の型作りしてたんだ」と言われて、「なんで?  リタイアしたって知らなかったの?」 「なんでリタイアしたの?  今まで何してたの?」会話が噛み合わなかった。

と、撮らなきゃ…。くるみちゃん…。
ビデオカメラを手に、あきちゃんがぼんやりインタビューをしてきました。内容は忘れた。



作品、どうしよう?  葉っぱの冠を頭に載せてもらって樹木になるって、そのための茶色い衣装だったんだけど、なれなかったんだけど。リタイアしちゃってどう作品にすればいいんだろう?  

…あきちゃんの腕の見せ所だと思いました。よろしく…。

後頭部、描き換えるよ!!  というあきちゃんの意気込みに、やだよリタイアしたのに、ちゃらちゃらしてるって思われたくないよと散々渋りましたが、リタイアした旨を表現する泣き顔を描いて、勇気を出して外へ出ました。
正直、サンガス山に入る時よりもこっちのほうがよっぽど勇気のいる行為でした。





制限時間の夜7時が過ぎて、最終ランナーがゴールしたあとで、ゴール地点のレオニダス像を見に行きました。


道中、サンガス山手前で手を引いてくれて失格騒ぎになった美女がわたしを見つけて駆け寄ってきてくれて、おねえちゃあん!  かたくかたく抱き合いました。後ろの顔をよろこんでもらえて、やっぱり描いてよかったなと思った。あきちゃんありがとう、勇気をありがとう、でした。




夜は、勇者たちの表彰式を見ました。



翌朝、なかなかひらけなかった携帯を気合いで見てみたら、親しい知人からだけでなく思いがけない方からもいたわりのメッセージが届いていて、自分のしてしまった重大な失敗を考えると、改めて胸が張り裂けそうだった。


あきちゃん…。
来て、よかった?
スパルタスロン、関わってよかった?
ギリシャまで来させたあげくリタイアして…、本当に、本当に申し訳ないです。
…………来なきゃ、よかった?


別れ話のあとで、わたしと付き合ったこと後悔してる?  って聞くみたいな、そんなことないよ待ちの愚問に対しても、あきちゃんは声を荒げて「超たのしかったよ!  また来年も来るよ!!」と全力で手を握ってくれて、あ、あ、あ、あ、あ、あきちゃん!!!  
あああああああああきちゃん!!!!


あと、リタイアした原因を泣きながら「力不足」って言うのはやめてと言われた。
「力不足」ってそれ、ちゃんと努力した人が言ったらしっくりくるけど、くるみちゃんが言ったらなんだかおかしいよ。かなしかったのに笑っちゃったよ。


「来年。」

一年間、もう一度、ネクストイヤー、トライアゲイン。
次は、絶対完走するよ。
…ほんとかな。できるかな。絶対完走。



絶好のコンディションに当たった今年のスパルタスロンは、わたしが繰り返し言い聞かせてきた自分の強運を図らずも証明することになったわけですが、その幸運を練習不足が凌ぐという皮肉な結果になりました。

運<<<<<<<練習不足の自業自得。

それは確かにもったいなかったけれども、来年は運に頼らずに実力で、自分の力で走りたいと、ぎゅっと目をつむって今、強く思います。

運<<<可能性<<<練習量の自信をちゃんとつくってスタート地点に立てるよう、ちいさな目をばっちり開いて、スパルタスロンの全行程を見られますよう。

きっとあっという間のあと一年間を、武内さんの叱咤激励を今度こそ無駄にしないよう乗り越えていきたいです。
いけるのか自分。
もう自分のこと裏切るの飽きた。
あと、上先生に、まだリタイアしたってメールできてなくて、帰国するの気が重い。