豊島さんは、六甲山ホテルの方です。
去年六甲ミーツアートで滞在制作をしていた時からたびたび展示の様子を見に来て下さいました。
今年も開幕前の準備日からお姿を見せてくださって、わたしはなつかしい顔に会えたことがうれしく、六甲山に戻ってきた実感が湧きました。
うわあー! ……(お名前を呼びたいのに出てこない。六甲山ホテルの、六甲山ホテルの…!)また、お会いできて感激です!!
「携帯をなくしちゃって」というトンマな理由で六甲山を連日練り歩いておられた豊島さんは、今回わたしたちが六甲に出品している映像を見た、第一号のお客さんになったのでした。
とても真剣にご覧くださったのですが、その翌日わたしたちは高名な作家の方に映像を痛く絶賛されて、その際に他のすべての方の反応を消去してしまったので、豊島さんのリアクションも今ではもう思い出せない。
…その、偉大な作家の方のお名前を言っていいですか? 加藤泉さん(とそのご一同)、です!
加藤泉に褒められた。
映像のキャプションに「加藤泉絶賛」って書いちゃおうかと思うくらい全世界に超自慢したくて仕方ない。名前出したら怒られるかな。怒られてもいいから言いたいです。
脱線しました。
加藤さんじゃなくて豊島さんでした。
豊島さんは旅券だけでなく映像の備品の乾電池や二人分の飲みものまでも買い与えてくださって……。このご恩は、旅行をたのしんでくることでお返しします!
それにしても、自分たちがたのしく在ることが豊島さんへの恩返しだとか、我ながらものすごい自己肯定感に基づいた発想でした。
テッサロニキからあじっちさんの顔で長距離列車に乗り込むと、駅員の方が後頭部を大げさに驚いてくださり、何度となくわたしたちの個室をのぞきにきます。
「エブリデイ、エブリタイム、チェンジ! ニューフェイス。」
かろうじて知っている単語を並べたらJポップのサビみたいになりました。
ますます目を見張る駅員さんをよろこばせたくなって、その場で後頭部を描き直すことに。
駅員さんは最強に協力的でした。
水場へ案内してくれ、自らの手で後頭部を剃ってくれました。
ビスケットクジをひいて出たお客さんは、豊島さんです。
「それはなんだ?」と尋ねられ、とっさにウケのいいフレーズを探してこぼれた言葉は「マイベストフレンド」…。
豊島さん、ご存知ないでしょうけどわたしたちベストフレンドですから!
後頭部、できました。
豊島さんの顔を描いてくれた武内さんは、あれー? なんかイケメンになっちゃったなあ。この人、六甲山ホテルのあの人だよね? こんなだったかなあ、おかしいなあ。としきりに首をかしげていました。
豊島さんイケメンじゃん! イケメンでいいじゃん!! 何か問題でも?
駅員さんは、勤務中だから写真はNGとのこと。鋭い眼光でした。
列車は20分に1回くらいの間隔で、小さな駅に停車しながら進みます。
ガラスに反射して、豊島さんが2体いるようなアーティスティックな写真が撮れました。
国境は、まだかな。
いつもは移動中すぐに眠ってしまうのですが、今回は念願(3日前からの念願)のマケドニアに乗り込む瞬間を見逃すまいと、ずっと車窓にへばりついていました。
コンパートメントのドアがひらきました。
パスポート回収のポリスです。
と、いうことは!
携帯にもお知らせが!
列車がギリシャとマケドニアとの国境駅、IDOMENI駅に着きました!!
洋服をうしろ前に着ているせいか、豊島さんがあまりにも自然に正面を向いていて、写真を見ても向こう側に自分が居る気がしません。
駅構内にはDUTY FREEの免税店もありました。
豊島さーん! マケドニアに、上陸できましたー!!
画面左下、イケメンの豊島さんを撮影する武内さん。
ふたりパシャパシャ写真を撮りまくっていたら、ポリスにこわい顔で車内に戻るよう注意されました。
わたしも武内さんも、同じことを思い出した。
アクロポリス博物館での写真強制削除事件です。
カメラ没収されるかも!
こわばった顔で尋問を受けましたが、答えなければならないことは「日本人」「観光」「テッサロニキ…。アテネ」くらいで、さっき撮った写真についてとりあえずどうこうというわけではなさそうでした。
しかしわたしは安心できず、もっと気をそらさねばという使命感から「あなたはギリシャ人ですか?」「エフハリスト、バラカロ、ポリカロ、バンニョ、ポリオレオ」と、やたらフレンドリーに学びたてのギリシャ語を羅列して彼の頬を緩ませた。
さらにはポリスのグラサンのブランドに目を留めて、「マークジェイコブスかわいいね」とか言って…うさんくさすぎる日本人でした。女を落とすには身につけているものをまず誉めろ、という鉄則がよぎっての言動だったのですが、そもそもそのポリスは女じゃありませんでした。
自分の軽薄さに疲れました。
ほーっ…………。
あやしい人かな、もの売りかな、気を許してもいいのかな。
男性は、テッサロニキ在住の方で、これからマケドニアのスコピエに住んでいる彼女に会いに行くとのことでした。
わあー遠距離恋愛なんですね!
(写真を見せてもらう)
おお、ビューティフルです。
アイラブユーって日本語ではなんと言うのか?
ア、イ、シ、テ、ル、です!
男性の名はパノスさん。
彼女と結婚とかしないの? という武内さんの質問に、すごい早口で滔々と恋の悩みをまくしたてていて、内容は全然わからなかったけど彼が悩んでいることはよくわかりました。
なんか、恋愛に悩んでいる外人、初めて見たよ。
武内さんが感慨深げに言いました。
でも、あきちゃんの好きなビバヒル(*海外ドラマ)の出演者全員外国人だよ。あいつら年中恋愛してんじゃん。
…ギリシャに着いてすぐの頃、トルコに行きたいというわたしに知人のアキレスさんが「ギリシャとトルコは仲が悪いんだ」という話をしてくれました。「日本と中国みたいなものだよ。隣国同士は、仲が悪いものなんだ。」
……。
そんなこと言わないで…、わたしたち、これから北京に行くんです。
そう思いながらも、やっぱり否定はできませんでした。
スパルタスロンの完走パーティーの時には日本人大勢で固まっている円卓にひとりぼっちの外国人がいて、隣席だったわたしが、ホェアーアーユーフロム? 聞くと、トルコの方でした。
日本人ランナーはすごく多いね、ギリシャまで渡航するのに何時間かかるの? 遠いなあ。って。
トルコ…、ギリシャの隣なのに、ひとりしか来ていないのですか?
男性は「トルコとギリシャの政府同士は確かに仲が悪いが、市民の関係は良好だ。」と説明してくれましたが、わたしはなんだかかなしかった。
ギリシャとマケドニアも、隣同士の国だよな。パノスさんも、彼女との結婚、そういうことで悩んでいるのかな。
わたしがそんなふうに思いを巡らせている間にいつしかパノスさんはあきちゃんにお熱になっていて、……おい。彼女にちくるぞ。
一方あきちゃんはわたしを指差して、「彼女はブロークンハートなんです」と余計なことを言っていて、ちょっとー! 祭る気!? わたしは異国人に恋愛話とかしないよ!!
マケドニアの首都スコピエにはまだまだ着きません。
パノスさんの彼女、今頃、首を長くして待っているかな。そうだといいな。
こっちはこっちでたのしんでいます…。
テッサロニキに来るときには連絡してよ。
そう言ってパノスさんは地球の歩き方のマップに自宅の住所を書き入れてくれて、わたしは印象のよくなかったテッサロニキを好きになる理由ができたことがうれしかった。
……そして、その逆もあるから、嫌な人がいる街っていうだけで、場所ごと嫌になってしまうことだってあるから、わたしは、自分のこと好きになってとは言わないから、せめて世界に嫌われない努力をしなくてはと思いました。
いけすかない気持ちのまま後にしてしまったテッサロニキに、なんだかずっと、申し訳ない気もしていたのです。3時間、駅近郊を見ただけで態度を決めることは果たしてフェアなのだろうかと。
その後ろめたさを正してもらえて、パノスさんとの出会いは旅のご褒美のように思えました。
でも……。
どれだけの時間を費やして、どれだけの面を見てからなら、好きとか嫌いとか言っていいのか。
ネオンが見えます。
列車がスコピエに到着しました。
……。
破壊されたようにしか見えないスコピエ駅。
結界があるわけでもなし、工事のさなかというわけでもなし。
ただ、しんと静かに壊れています。
冬のようなグレーの色彩につめたい空気が香った気がしました。
ここが首都の駅なんだけど…。マケドニア、大丈夫なのかな?
ここで降りずにベオグラードまで行くことにしてよかったね…。
でもたぶんきっと、人はやさしいし眺めもいい場所たくさんあるしごはんもおいしいし、ただ、駅の雰囲気はやっぱりどうしても異様でした。
それが、マケドニアに対する正直な感想です。
通り過ぎるだけの自分には、それしか言えない。
だけどわたしは、だからこそ、いつかここで降りてみたいんだ、と、そう思っています。
スコピエを過ぎたら列車が真っ暗になって、アイフォンのライトをかざして影絵遊び。
豊島さんのこの写真みたいに、ほんとは猫ちゃんと写真を撮りたかったのですが、車内には猫だけじゃなく人以外の動物いませんでした。
画用紙で耳とかつくって武内さんに猫役させようとも思いましたが却下された。
就寝前に、豊島さんの顔を拭いました。
わたしたちは、今晩はホテルではなく車中泊です。
帰ったら六甲山ホテルのベッドで武内さんを寝かせてあげようと思いました。
豊島さん、列車の旅をありがとうございました!
(あきちゃんはマケドニアのこと、マケドニアって言えなくてマカダミアって言うんですよ。)
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武内です。訂正。
ビバヒルを好きなのは私ではなく、ワタリドリ計画のもう一人の方です。
マケドニアは言えるようになりました。
負け負け負け!