わだみえさんのことはよくわかりません。
六甲ミーツアートが始まる前に、わたしは熊本の坂本善三美術館(http://blog.sakamotozenzo.com/?eid=1306247)でもこっそり「後頭部ビジネス」を試運転していて、もちろんこの旅券がそんなに売れるわけないと思っていたし実際ほとんど売れなかったのですが、わだみえさんはわたしと言葉を交わさずして購入してくださった希有な方で、すごく変でした。
販売しておきながら、買ってくれた人をつかまえて変呼ばわりするのもどうかと思いますが、わだみえさんは美術館を立ち去る際のほんの数秒間に、どう考えてもおもしろい人な発言を残していかれ、居合わせた我々がぽかーんと見送っていたところに送られてきた写真もやっぱり変な顔をしていました。何者?
顔を描いている最中、あまりにも自由奔放な線になりすぎて、武内さんから「くるみちゃんやる気ある?」と呆れられました。
わだみえさんが変な顔を送ってくださる丈夫なメンタリティの方だと思うと、上手に描かなくてもいっか、って、つい…。
わだみえさんを例にお願いするのもなんですが、表情が整いすぎていると描くのが難しいので、これからメールをくださる方、二軍三軍の顔を送っていただけますと気が楽です。
奇跡の一枚とかやめてください。その重責、果たせません。
わだみえさんに触発されて、わたしも変な顔をしてみました。
アヒルのゴミ箱の隣でアヒル口をしたと記憶していたのですが…、これ、どう見てもイルカのゴミ箱ですね。
どうかしていました。
足が痛いとかシャワーが冷たいとか、大騒ぎしながらプールに足をつけました。
そしたら眩しい日差しからは想像もつかない氷のような水温に全身が鳥肌で覆われて、あんなにぎゃーすか騒いでいたのに思わず静まりかえってしまった自分の口がおかしかった。
冷や水をぶっかけられたとはこのことです。
早く陸にあがりたいと、そればかり考えていました。
にたつくわだみえさんの不気味な視線…。
ちなみに水深は確か130cm、170cm、230cmに分かれていて、うっかりエリアを移動すると溺れそうになります。
寒さだけではなく、溺死の恐怖とも闘った決死の撮影です。
このあと武内さんも入水し、ふたり歯をがちがち鳴らしてビデオ撮影をしました。
武内さんのほうが脂肪がないので、わたしより寒かったろうし、なおかつチビなので本当に溺れそうになっていて、わたしは後頭部のわだえみさんのユニークフェイスをやっと思い出して、武内さんのぶんまで気丈に振る舞いました。えらかったです。
「完走!」「くるみ強い子!」「ゴールで待ってるよ!」
武内さんが描いてくれた、出番の終わった応援ボードは、チェックアウトの際に置いてきました。
果たせなかった約束の数々が、この部屋に化けて出たりしませんようにと願う反面、完走に対するそこまでの強い怨念を持っていなくちゃ、だめなんじゃないのとも思う。
お世話になったホテルフェニックスをあとにして、よく晴れたヴゥッラの駅を、旅立つときがやってきました。
電柱の謎の宙吊り人形も見納めです。
わだみえさんも謎ですが、
わたしはすごい感情移入しちゃっていて、こいつに。
さようなら、また、会えたらいいな。
電車を降りたら、車内の人々から後頭部にたくさんカメラを向けられていて、わたしは一生懸命、手をふって応えました。
完走はできなかったけれど、君の存在は無意味ではなかったよ、と、背中を押されたくて、ギリシャに来たことを肯定されたくて、
自作自演気味に人気者を装って、ちぎれんばかりに腕をぶん回していたら、武内さんに「もうみんな見てないよ」と指摘されて切なかったです。
長くて短い、スパルタスロンツアーが終わりました。
これからは、武内さんと「後頭部のあなた」との、ノープランロケの始まりです。
見慣れたアテネの街へ、戻ってきました。
わだみえさんとレストランへ。
生演奏に惹かれて入ったお店です。
こういうところにある絵ってかなしくなっちゃう扱いのことが多いけど、ここはちゃんとキャンバスだね、悪くないね。
料理が次々運ばれてきました。
自分たちだけの旅行じゃなくて、わだみえさんもいるからと思って、注文を多めにしました。仲良くシェアしていただきます。
お店の方も、演奏中のシンガーも、わだみえさんにとても好意的です。
音楽とワインに酔っていたら、あきちゃんが突然イントロに反応しました。中国語の歌を口ずさんでいます。
すると、我々の席を通りがかったウェイターのお兄さんが、ゴー、ゴーと、マイクのほうを指すのです。
あきちゃんの晴れ舞台!!!!!
透明な美声がアテネの街にこだましました。
ビデオを託されたわたしは、ブレブレの映像を撮ったのですが、……何があったと思いますか?
録画ボタンを、押せていませんでした……。
世紀の瞬間を逃した、わだみえさん越しのあきちゃんの怒り………。
ご、ご、ご、ご、ご、ごめん。
自分が無能すぎて、絶対あきちゃんよりわたしのほうが傷ついてるよと思った。
それから、さんざん逡巡して、もっかいさっきの曲流してってお願いしようか、いやいやいいよもう、いや、でも、いや気にしてないよ、じゃ、じゃあ、えっと、でも、せっかくだよね。どうしよう、言おうよ、くるちゃん言ってよ、わ、わかった、エ、エ、エ、エクスキュー……。
エクスキューズミーがわたしにはどうしても最後まで言えません。日本人の中でも最も日本人らしい大和撫子として、この奥ゆかしさを誰か表彰してくれと思いました。
内気なやりとりを重ねに重ねて、ようやく勇気を振り絞ってふたりは再演をお願いしに行ったのでした。
2テイク目のほうがよかったよ!!
なんか、後ろに顔つくったりとか異国のレストランで歌声披露したりとか、こういうことする人はもっと強靭な心臓の持ち主であるべきなのではと思います。
我々の無鉄砲な行動と脆弱な内面とは、バランスがちっとも釣り合っていない。
わたしたち、本当はすごく引っ込み思案だもんね。
よくがんばってるよね。
席に戻って小声で互いを慰めていたところに、キッチンのお姉さんがやってきて、ウォッカをプレゼントしてくださいました。
それから、レストランの10%オフチケット。また来てね、って。
あと、「もし、あなたたちがこのレストランを○○だと思ったのなら、よかったら○○を書いて」とメモ用紙とペンを渡されたのですが、肝心の○○の部分がどうしても理解できずに、お姉さんを途方に暮れさせてしまいました。
肩をすくめるお姉さんに、申し訳なく似顔絵を描いてその場を濁しました。
後ろのわだみえさんの顔があるから、失敗して空気が変になってもすぐハッピーに巻き返せて助かりました。けれどもそもそもわだみえさんがいなければこんな経験してないんだよなと思って、あれ? って感じだった。
しかしもちろん、エピソードは多い方がいいに決まっています。
そのために生きてる。
わだみえさん、わたしたちに勇気をありがとうございました。
あと、わたしはわだみえさん完全に知らない人なのに「不気味」とか書いてしまって、訴えられないか震えています。