後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2015年3月20日金曜日

故•山内龍雄氏、ギャラリータイム移転

画家、山内龍雄さんが2013年12月、突然他界されました。
63歳でした。

30年間に渡って、画家と画商との二人三脚で続いてきたギャラリータイムで、最後の展覧館が行われていました。

最終日の夕方から、タイムでの最後のパーティーがありました。


山内さんの顔を後頭部に描きました。

山内さんのご出身は北海道の厚岸町です。

一時期、両親が厚岸に住んでいたことがありました。
数年前、厚岸の海岸を訪れた時には、大きく砕ける波が猛々しい轟音でリズムを打つ様に魅了されました。
描かれている間は、耳の中に波の音がこだましていて、自分がうずまきの貝になったような感じでした。


描けました。

観衆の前に登場しました。

タイムのオーナーで画商の須藤さんと並びます。

須藤さんは、蘇った山内の姿に涙するんじゃないかと思っていましたが、乳(うしろの)とか触って、全然動じてくれませんでした。


多方面に不謹慎でしたが、周りもやんややんやと囃し立て、ムードは和やかそのものです。
こういう生き残り方をするのは、個人的にはとてもいいなと思いました。

でも、天国の山内さんがどう思うかと聞かれたら、ちょっと自信ないなあと思いました。

たくさんの方がお越し下さって、最後にふさわしい、豊かなパーティーになりました。


いきいきした皆の談笑に紛れているうちに、そういえばわたしは死んでいるんでしたと思い出して、また、波の音がきこえるようになりました。


山内さんの絵。

なんか、もう死んでるんだと思ったらさみしくなってきちゃったよ。
武内さんに言うと、困った顔をしていました。







ギャラリータイムがなくなったり、泣いたり笑ったり退屈したり、地上の我々が目まぐるしく変化し続けるのを、山内龍雄がどんな気持ちで見ているのか、知りたいです。

生前の山内を知る友人は、「山内龍雄ってもともと生きてる印象薄かったから、そうか死んじゃってさみしいんだって思ったよ」と感想を言っていました。
東京駅から湘南新宿ラインに乗って、帰りました。