後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2015年4月10日金曜日

正岡さん、メキシコシティで食あたり

先輩よりも一足早く、わたしたちはメキシコシティへ移動することにしました。
夜11時、オアハカから出発する、夜行バスに乗りました。

早朝5時に北バスターミナルに到着して、始発の地下鉄に乗り込みます。
地下鉄はぎゅうぎゅうの満員でした。
わたしたちと同じく夜行バスで着いたらしき人もたくさん乗っています。
乗客のおじさんが、人と人の間に空間をつくって、我々の場所を確保してくれました。

重いリュックを肩から下ろして足で挟みます。
トートバッグを持って、無理な体勢で路線図を開いて、車内の乗換案内とにらめっこして、アナウンスに耳をすませて、なんとか、目的の駅で降りることができました。

武内さんが、「くるちゃん。」と、こわい顔で言います。
「あのおじさん、くるみちゃんのポシェットの中に手入れようとしてたの。知ってた?」
まさか。わたしは首を横に振りました。
「ポシェットのボタン外そうとしてたんだよ。わたしが気づいて、手でガードしたら、やめたよ。その人次の駅で降りて階段に座ってぼーっとしてたよ。絶対プロだよ。あのままだったら確実にお財布盗られてたよ。」

さっと青ざめました。
確かに乗り換えに集中していて、スリのことは全く頭にありませんでした。

リュックが切裂かれる可能性があるから荷物はおなか側に背負うようにとか、カメラやスマホを無闇に出さないようにとか、色々注意はされていたけど、狙われるのはヴィトンなんかを持ったこぎれいな人だけだと思っていた。
自分も、格好のカモになっていたことがショックでした。
すっかりメキシコに馴染んだ気でへらへら笑顔を振りまいていたけど、いい顔してる場合じゃありませんでした。
自分の現在の無事は、奇跡なんだと痛感しました。
武内さんに守られていることにただただ感謝でした。

朝7時、ひろしさんの家に着きました。

ひろしさんとまあやさんと一緒に、おいしいパン屋さんに行きました。

地下鉄事件にショックを受けて、後頭部に顔を描く気になれず、初めてのっぺらぼうで外出しました。

のっぺらぼうでも、後頭部の異様さは健在のようでした。
パン屋の店員さんたちが、物珍しい顔をして背後から覗き込んでいました。

サイコロの当り目みたいに、後頭部がのっぺらぼうの時はだれにでも使って良し、という万能ルールを設けることにしました。

これから後頭部にお連れするのは正岡さんです。
新婚旅行はインドに行かれたとおっしゃっていました。

当初わたしたちもインドに行くつもりだったのですが、あれ? おかしいな?

色々あって今ここはメキシコです。

おなかの具合がよくないなあと思いながら、パン屋さんで買ってきたパンを皆で食べました。
アイスバーみたいな、棒つきの菓子パンもあって新鮮でした。

ややあって、本格的におなかを壊しました。

トイレは共用で、かつトイレとバスタブは同じ部屋にあるので、だれかが入浴している時は用を足せません。
冷や汗がどっと出ます。
もうおしまいだと何度も思いました。
ひろしさんが、うつぶせになると肛門が天を向くから、絶対漏らさないと言いました。
信じられない。
そんなの嘘だと思いましたが、嘘だと実証したところで自分が終わるだけなので、必死で歯を食いしばりました。

トイレは間に合いました。
今日が始まったばかりなのに、もう大仕事を成し遂げた気分です。

しかし腹痛は治まらず、その後も断続的に激しい便意に襲われました。

なんか顔色悪いよ。
武内さんが下痢止めをくれました。


立ち上がる勇気が出ました。

でも痛いおなか痛い。


おなか痛い。

おなか痛いなあ。



ああおなか痛い。

トイレ。

おなか痛い。

おなか。


トイレ。

おなか痛い。

トイレ。

おなか…。

おなか痛いけど言い出せない。
国立自治大学の壁画を見に行こうと思ったのですが敷地が広すぎてわからず、女子3人組に道案内をしてもらいました。
必死でついて行きました。

1番バスに乗って、7番目の停車場で降りるそうです。
バスは無料でした。


あれだ!

ありました。
世界文化遺産にも指定されている、中央図書館の壁画です。

すごい密度の壁画です。
すごいけど辿り着けたことにひとまず満足して、ここからもう一歩も動けなくなりました。
あたりにはひなたぼっこをしている人が多くいました。



ちょっと休憩しない?
そう言って、ばたんと倒れました。
芝生はぽかぽかとあたたかく、地熱が体内にやわらかく染み渡ります。
オンドル小屋みたいに、おなかも治癒してくれないかなと切に願いました。

時折、うーんと体勢を変えて武内さんをチラ見していたのですが、互いに起きる気配なくそのまま寝ていると、いつのまにか完璧に熟睡していました。
ガバッと起き上がるともう午後3時!!
貴重な時間を無為に過ごしてしまいました。


トイレに行きましたが、お昼寝効果か、おなかはようやく落ち着いたようです。



図書館には、ヨシダケンコウやアクダガワ、カワバタヤスナリなどの日本文学コーナーもありました。
昨日ドイツの女子たちが好きだと言ったムラカミハルキは置いていないようです。

こちらは書店です。
知人に頼まれて楽譜を探している武内さんと校内の書店に入りましたが、目的の本は見つかりませんでした。

自治大学の敷地にあるたくさんの壁画の中でも、とりわけ見事なのはシケイロスの壁画でした。
隆起するいくつもの太い腕が、労働者の逞しい精神を浮き彫りにしているようです。
けれども、シケイロスの壁画の美術館は、月曜日は休館で中には入れませんでした。
昔のガイドブックには「無休」とあったんだけどな。

いちゃこくカップルを眺めながら、肩を落としてぼんやりバスを待ちました。

…と、正岡さんが、以前インドで食中毒になったとおっしゃっていたことを突然思い出したのです。
「瓶入りコーラでおなかを壊して大変だった」と。



なあんだ、正岡さんもお揃いだったんじゃない!!



不甲斐ない一日に終わったことにやるせない思いでいっぱいだったのですが、今やもう、この食あたりがむしろかわいく、いたずらな贈り物に感じられました。
すげえポジティブ。
時と場所を超えて同じ症状に苦しんでいることがおかしくて、元気が出ました。

その夜。

陶芸家のひろしさん宅で、粘土いじりをさせてもらいました。

まあやさんがバナナトルティーヤを作ってくれました。
おなか、もう大丈夫かなと自分の体調に疑心暗鬼でしたが、おいしく食べられてうれしかったです。

粘土、できました。

こちらが武内さん作「釜茹での刑」。

こちらが若木作「腹くだし」。
両面顔があります。


帰ったあとで、ひろしさんがふたりの粘土を焼いてくれました。
武内さんの釜茹で人形は質感がグロテスクでした。
一方腹くだし人形は、しっとりとした艶かしい表情に変貌を遂げていて、わたしと正岡さんの食あたりもやっと成仏できたような気がしました。

自分にはインドアが向いているのでは…。
旅行に自信をなくした一日でしたが、正岡さんと仲間意識を共有できたのがせめてもの慰めになりました。

ところで、実はわたしは今も、腐ったえのきに当たっています。
下痢と嘔吐で涙目になりながらこの日記を書きました。
もうこうなると正岡さんに食あたりを導かれている気がしてきました。
デスノート…?
デスコートーブなの……?

正岡さん、食あたりも含め、楽し苦しのメキシコの思い出、本当にありがとうございました!
お疲れさまでした!