後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2015年4月15日水曜日

セサル先生と飛行機

セサル先生です。
メヒカリの大学で、旅券を買ってくれました。


描けました!
セサル先生は、飛行機に乗るのが怖いので旅に出られないそうです。

これから出発です。
朝3時に起床して、タクシーで空港に行きました。

まず、ロサンゼルスに行って乗り継ぎをします。
アメリカの税関を通るのにはエスタというビザが必要らしく(十年前にはなかった!)、出国前にネットで取得し、カードで支払いをしました。
ビザは1400円程度と聞いていたのですが、帰国後見た明細書には九千円也の高額が輝いていました。
何が起きたのかと思いましたが、ネットで調べると他にも同じような方の質問がたくさんあったので、つまりボラれたんだと理解しました。

気をつけてください。

セサル先生は思いっきり顔を歪めて飛行機に乗っています。


無事着陸しましたが、なお怖そうです。

前の人たちの頭が全方位からにょきっと出て、エグザイルみたいになっていました。

セサル先生、お疲れさまです!

歯を食いしばったまま、エスカレーターを流されました。

アメリカの国旗がズラッと掲げられていて、国家の猛々しい自信を感じました。


隣合う国同士は仲が悪いというセオリー通り、セサル先生もアメリカ嫌いだそうで、すごい形相をされていました。

でもわたしたちは、ちょっと外に出られただけでも、「ロスだロスだ!」とはしゃぎました。

粛々とトランジットの儀式を終え、あとは搭乗するだけです。








飛行機の写真を撮ったり、セサル先生の旅券代のアメリカドルでお土産を買ったり、ゆったりした気分で搭乗案内を待っていると、わたしの名が呼ばれました。


ん?
首をかしげましたが、気のせいかとそのままにしていると、もう一度はっきりと「至急搭乗口まで」というアナウンスが聞こえたのです。
な、なんだろう…。
窓口に行くと、「あなた今日乗れないです。」と早口で宣告されました。
うそ……。
すごいトラブルでした。
なんでも、パスポートに出国スタンプが押されていないのだそう。
確認すると、本当にスタンプがありませんでした。
確かにさっき、パスポートチェックの時に、英語がよくわからなくて担当レーンの人に怒られたんです。それで、こわいよーこわいよーと思いながら歩き出して、それから、あっパスポート持ってない!  忘れたと思ってさっきのレーンまで戻って、そしたら怖い人にウェイトって言われたけど、また意地悪されるのかと思ってそのままパスポートひっつかんで出てきちゃって、あれだ、あの時だ…。

パスポートチェックのあとの通路にいた黒人の係員はやさしくて、「自分も横浜に住んでいたことがあるんだ」とか言って、皆で雑談して和気あいあいとゲートを出たのです。
それが、「乗れないよ」と言われてショックで呆然としていると、黒人のヨコハマ(あだ名)が来て、パスポートを持っていっしょに手続きに走ってくれました。
搭乗時間までは残り30分。
ロサンゼルスの広い空港をふたり、猛然と走ります。
途中で疲れてガッシガッシと大股歩きになったヨコハマに、「お願いヨコハマ走って!」と手をひっぱりたい気持ちでした。
ヨコハマが、「ホワッツハプンド!」と厳しい顔で言っているすぐ下に、「一体何が起きたんだ!」という字幕が出てきそうでした。
ヨコハマが通行証をかざせば通路をすべて優先的に突破できるのも映画みたいでした。
またさっきの怖いレーンまでまた戻るのか、絶望的だなと思っていると、連れて行かれたのはトラブル用の緊急窓口のようなところで、指紋認証、顔認証と、一から手続きを行いながら、係りの陽気な方が「リラックス!  大丈夫!  君は乗れるよ!  笑顔笑顔!」と、震えるわたしをなぐさめてくれて泣きました。
おお、これで乗れる!  
今度は安堵で震えながら再び身体検査の列に並ぶと、さっきのパスポートチェックの窓口にヨコハマが搭乗券を忘れてきていて、出直すことに…。
再びダッシュです。
もう間に合わないのでチケット再発行手続きの窓口に行くと、「ナリタ?  ノー。ハズゴーン。」天啓のような重々しい響きを帯びた、おばさんの言葉がハンマーのように打ち下ろされました。
ハズゴーン。
ハズゴーンハズゴーンハズゴーン……。
耳もとでエコーがかかります。
あっ、もうだめなんだな。
手を祈りの形に組み、静かに運命を受け入れました。

今日はロスで一泊か……。
職場に連絡せねば…。

もうハズゴーンなのに、ヨコハマはまたガッシガッシと早足で歩き出します。
ヨコハマにつられて、慌ただしく身体検査をクリアしました。

ヨコハマ、わたしが英語できないから、ハズゴーンも聞き取れてないと思って、希望を持たせるために急ぐふりをしているのかな?  わたしは搭乗口に着いてからやっと、大げさに悲しむ演技をしたらいいのかな。
間に合わなかったヨコハマを慰めようと、なぜかこっちが「わたしは大丈夫だから!  元気だして!」とヨコハマを気丈に励ましていると、ひと気のなくなった搭乗口には「来た来た!」「早く早く!」「間に合った!!」と迎え入れるスタッフの姿があって、わたしは、間一髪、飛行機に乗れました。

ヨコハマ!!  
サンキューフォーユアカインドネス!!!

乗れると思ってたで。

先輩と武内さんがどういう反応で迎えてくれるのかなと思っていたら彼らは至極平然としていました。
なんでも、受付の女性が不愉快極まりないやつだったそうで、全然希望的観測を言ってくれず、こちらに向かっているとわかってからも「まだ決まってません」と冷淡に扱われたそうです。
先輩と武内さんも、乗るのか、乗らないのか迫られたそうですが、巻き添え食らいたくないしもちろん乗ったそう。

ヨコハマがすごく助けてくれた。
そう話したら、先輩が「そもそもあいつがスタンプをチェックして未然に防がないといけないところを、横浜の話とかし出して仕事せえへんからこんなことになったんやろ。あいつのせいやで。」とおっしゃって、あっ……!  でした。
ヨコハマか……!

何はともあれ、めでたしめでたしです。
わたしは恐怖感のあまり、飛行機に乗ってからも心の置きどころを見つけられずにいました。
トラブルの間中、後頭部にセサル先生のこのしかめっ面があったことも、笑っていいのかなんなのか、うまく整理できません。

自分に、ちょっと信じられないぐらい抜けてるところがあることはもちろん承知ですが、さすがに今までこんな経験をしたことはありませんでした。
ほんの少し、税関職員の虫の居所が悪いと、誰にでも起こりうるトラブルだったと思います。
……そんなことないかな。やっぱり自分が相当危ういだけかな。

今までよくも無事でいるなあと、自らの僥倖を噛み締めました。


セサル先生、ニッポンです!
飛行機は墜落することなく、何より飛行機に乗れないという事態も回避でき、なんとか日本に帰ってくることができました。

本当に、本当によかった。
破産しないで済みました。

帰国して数日経っても、わたしは飛行機関連の悪夢にうなされ、しばらくPTSDに苦しみました。
セサル先生の代わりに飛行機恐怖症になった気がするので、先生の飛行機恐怖症はもう治っているといいなと思います。
悪夢のような1日でした。

セサル先生、いつか本当に日本に来てくださいね!
本当にありがとうございました!