後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月23日月曜日

120km〜148km《武内》

若木です。
武内さんの恐るべきエキセントリックはまだまだ序の口です。
が、言っておきます。
この完走文はフィクションです。

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山田さん、このとき脚が痛かったみたいでさあ、ほんとにかわいそうだと思ったよ。
「時間はスパルタまでじゅうぶんあるから、山田さんがバーテンダーになった話を一から聞かせて下さい」ってお願いしたら、「じゃあこの痛みが麻痺に変わったら話しますね」って。
私も、聞いてはみたものの、別にそこまで興味あるわけじゃないからさ、「あ、そーですか」って引いたんだけど、結局聞けないまま終わっちゃったんだ。くるちゃんがそんなに山田さんに興味あるなら聞いとけばよかったなあ。

それからエイドでお粥半分もらったり……あっ、たかってないからね! 食べられないからって半分くれたの。そうこうしてたら山田さんの後輩とかいう人に抜かされたんだよ。それで山田さんにも火がついて。
山田さんは後輩から尊敬もされているし、もし負けたら先輩風吹かせらんないじゃん?
山田さん、「あいつはほんとにええ奴で」とか、後輩のがんばりのことを真摯に語っていて、先輩が後輩を思う熱い姿が闇夜に輝いて見えたよ。

でも、「なんでそんなに後輩意識するんですか? 意地ですか? 気になるからですか?」って聞いたら、1時間後ぐらいに答えが返ってきたんだよね。その時差が、とてもいいなあと思って私はそこにじーんと来たの。
ああ、後輩のためにも強い背中を見せたいんだなあと思って、私も「その話乗った!」と思って。早くゴールしたいし、ついて行こうと思って本気で走った。

山田さんも必死で追いかけてるんだけど、私も元気あったから、走れるんだよ。「すごいねそのスピード」って、褒めてるっていうか呆れてるっていうか、でも山田さんもそのスピードなわけじゃん。ふたりとももう無口で、一心に走りに集中。

後輩にはエイドで追いついたんだけど、後輩に負けるわけにはいかないからってすぐ出発してそのまま激走を続けたよ。
あっ、そうだ、坂根さんのエイドで、「くるみちゃん15分前に通過!」って教えてもらったんだ! あの時けっこう肉薄してたんだよ! 
自分たちすごい速く走ってるつもりで、山田さんも「今かなりいい位置だ」って言ってたのに、それでもくるちゃんはまだ先にいるんだなあと思って、「あいつやるなあ」って言い合ったよ。

でさ、ちょっといい話になっちゃうんだけどね、今回のスパルタスロンは感謝から始まったってこと、話したの。
「最初はジム行くのめんどくさいなあって思ってたんだけど、自由にジム行けるなんて特別なことだよなあ、ほんとにありがたいなあって気づくことができて、そこから練習に打ち込めるようになったんです。覚えてるもんね……8月16日のことです。まずは感謝って思えたら、気持ちを入れられた。感謝しなきゃ、って。なにも当たり前じゃないんだ、って」
そしたら山田さんが「そうですね。自分も感謝好きです」って言ってくれたんだけど、「でも私、感謝って言葉は好きじゃないです。感謝感謝言うのはよくないです」って。
いや、だって、やっぱ言葉じゃなくて態度で表さないとって思うからさ。

看板係の山田さんによると、このとき貯金はもう2時間以上あって、完走は間違いないって思ってた。

そしたらまだ0時くらいなのに山田さんが眠いとか言い出して、私は本当に、本っ当に信じられなかったよ……! 0時だよ!? 夜、始まったばっかじゃん! しかもバーテンだよ!? うそだろと思って、「はっ? 寝てもしょうがないし、いいことないから行くよ!」って喝入れて、ビシバシせき立てて。

山に入る前のつづら折りで、とぼとぼ歩いている大和田さんをキャッチしたんだけど、なんか大和田さんまで「気持ち悪い、眠い」みたいなこと言うんだよ。
なんか私、弱ってる人見るとテンション上がっちゃうみたいでさ。
「はあっ? ね〜む〜い〜!? 何言ってんの!?」ってまた罵倒して。……なんかさ、キレる政治家いたじゃん? ちょっとメロディアスな音階で『このハゲー!!』って言う女の人。……豊田議員? あんな感じよ。
でも少ししたら大和田さんが走ってきて、「ついてくことにしました」って言うから、「え〜らいっ! えらいよ〜っ! 根性あるよっ!」って讃えていっしょに行ったの。

山田さんはそのあとスイッチが入ったのか、バーッてありえないスピードで爆走してあっという間に彼方へと消えってっちゃった。

〈じゃあ山田さんから大和田さんの乗り換えはスムーズだったんだねって若木が言うと、あきちゃんは『私乗り換えてるつもりないけどね。私主体だから。皆が乗ってきてるだけだから』って平然と言い放っていて、なんでいつもそんな強気でいられるんだと思いました。〉



《ハイパーメディア・アキコ》