後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月28日土曜日

159km〜165km《若木》

サンガス山ベースエイドは、わたしの、とても思い入れのあるエイドです。

はじめて出た4年前も眠くて、上り坂は苦しくて走れず、ここの関門がもうギリギリでした。
「急いで! ハリーアップ! ユーキャンドゥイ!」
エイドから出てきて沿道でランナーを鼓舞していたボランティアの女の子が、死にかけているわたしを見捨てられなかったんでしょうね。手をつないでひっぱってってくれたんです。
関門、絶対間に合わないと思っていました。
だけどその子のおかげでかろうじて、2分前に通過できて、でも私は「サポートを受けた」と見なされて失格宣告されちゃったんです。その後運営の寛大な措置により失格は取り消され、レースの続行を許されるのですが、頂上までは達することができないまま、タイムアップとなりました。

女の子の名前はエレナと言いました。
リタイア後、レオニダス像の前でばったりエレナと出くわして、「ゴールできなかったよごめん」って、わんわん泣きながらハグしたんです。
苦くてしょっぱい、あたたかな思い出。

エレナはその後も毎年ベースエイドでスタッフをしてました。
ベースエイドはわたしにとって、スタートでもありゴールでもありました。
エレナとの再会のハグが、わたしにどんなに勇気を与えたことかわかりません。
エレナがいるからベースまでがんばろう、エレナに会えたからゴールまでがんばろう。
そうやって走るのが、わたしのスパルタスロンだったんです。

……ここまでセンチメンタルに浸っちゃうと、なんかエレナ、死んでなきゃいけないみたいな展開ですが、大丈夫エレナ死んでないです。

今大会の前日、エレナからメールが来たんです。
タイトルは、「Spartathlon Mountain Base」。

「ハロークルミ、今年は友だちと出るのよね? 準備は順調? 私は今イングランドの大学にいて、とても悲しいことに今年はそちらに行けないの。このレース、あなたが成功できますように。また会おうね〜!」

というのがその内容で、他にエレナの書いた、スパルタスロン愛溢れる長文の手記も添付されていました。

まず何? イングランドってどこ、イギリス? 
エレナよ〜、ギリシャの女神よ、会えないの寂しいよ〜!!

わたしは当然会える気でいたから、メールの内容はもちろんショックではあったのですが、それよりもわざわざ連絡してくれたことへの驚きが大きくありました。えっ、気にかけてくれてるの? 律儀だなあ丁寧だなあって。

手記によると、なんでも彼女は13歳のときからずっと、ベースエイドのボランティアをしてきたそうです。今年は大会に参加できないことをどれだけ残念に感じているかがそこにはせつせつと綴られていました。……まあ英語できないのですべて勝手な憶測なのですが、そう推察させてしまうぐらいの迫力ある文章量でした。エレナの真心が行間からひしひしと伝わってくるようで、気づくとわたしはド感動していたんです。

それでね、こんな返信をしたのでした。


「Elena!!!!!!!!!
 Please send your portrait!
 Tomorrow, I want to draw your face on my back head.
 LoveLoveLoveLove,and sad(;_;)

 大大大大大大大好き!!

 KURUMI」




できない英語の精一杯。

「お前の写真を送ってくれ。明日わたしは後頭部にお前の顔を描く。愛しておる、そして悲しい。大大大大大大大大好き! くるみ」

この文面と、それから剃り上げたまっさらな後頭部の写真とを添付して、伝われ! 意図!! と願いを託して。

エレナが今年は会えない旨を知らせてくれるまでは、後頭部やろうかどうしようか、ずっとぐずぐず迷っていました。正直、やりたくない気持ちのほうが強かった。でも今、心は決まりました。
「エレナの顔を描きたい。」
そう強く思ったんです。
どうしても描きたい人がいるなら、わたしは大丈夫。強い後頭部でいられますと思いました。

それから、ばっちり趣旨を理解したエレナが感激の言葉とともに送ってくれた写真はとんでもない美貌のポートレイトで鼻血が出ました。


《これが》
《これに》


というわけでこのスパルタスロン、エレナといっしょにここまで走って来ました!
今年も来ました、サンガス山ベースエイド!

「見て見てエレナだよ〜!」、スタッフの面々に勢いよく後頭部を差し出しました。
「アイスィー、アイスィー、話は聞いておる」と、鷹揚な歓迎でハグしてくださったおじさんが、わたしの顔面に向かってグッとスマホを突き出した、画面の中には、動くエレナ!! イングランドにいるエレナと、テレビ電話をつないでくれていたんです。

真夜中、暗がりの中で実際眩しいディスプレイと、画面越しでもちゃんと眩しいエレナのオーラとで、なんだかわたしはバグってしまって、わからなくなっちゃって、なにがなんだか。壊れたおもちゃみたいに、「セ・アガポ」をひたすら言いまくっていました。ギリシャ語で、「愛してる」。
地球でいちばん美しい、テレフォンショッキングの時間でした。

4年目、エレナ以外のベーススタッフとももうすっかり顔なじみです。お母さん(仮名)とも再会の固いハグ。
「速くなったねえ、強くなったねえ」って、毎年の成長を笑顔でねぎらってくれるのがしみじみうれしくて、どうしようこの気持ち、言葉にして伝えなきゃと思って、「このベースエイドはわたしにとっての実家です。里帰り、待っていてくれてありがとう。見守ってくれてありがとう。お父さんお母さん、ありがとう。」みたいなニュアンス、でも「実家」をなんて言うのかがわからなくて……。
絞り出したのが、「マイマザー&ファザーイズデッド。アイハブノーホーム。ナウ、アイムインマイホーム。ディスイズマイホーム。アイシンク、ユーアーマイマザー&ファザー」っていう……。
うち、確かまだ父親は元気に生きてるはずなんですけど、話を簡単に、かつドラマチックにするために、勢い余って父のこと殺してしまいましたよ……。
ごめん父と思って、父のご冥福をお祈り致しながら、のこのこ山を登りました。



はい、こちらがエレナの手記だよ〜!
ぜひ読んでみて、そしてわたしに和訳の全文を教えてください。

http://www.spartathlon.gr/en/newsroom-en/web-news-en/73-a-volunteer-s-letter-to-the-2017-race-spartathletes.html