後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月30日月曜日

165km〜176km《若木》

サンガス山を上りきると、頂上のエイドには大滝さんの姿がありました。
大滝さんはビニール袋をかぶってエイドの奥の椅子に座り、暖をとっていらっしゃるようでした。
雨も降ってきて寒かったから、「大滝さん! わたし行きます!」って言ってすぐに出発したのですが、あとで聞くと大滝さん、このとき眠くてぼーっとしていたんですって。なんだ眠いのなら「ちんこ!」って言ってくれたらよかったのにと思いました。
きっとすぐまた追いついてきてくれるだろうと思って、わたしは先を急いだのでした。

雨とは言ってもそれほど強い降りではありません。
ただ、ふきさらしの山は風が強くて、そこそこのペースでしっかり走っていないとすぐに凍えてしまいそうです。

毎年苦労していた下り坂は、今年は危なげなく走れました。
ライトを明るく換えたんです。ペツルの、新しく出たやつ。電池じゃなくて充電式の。
いままでずっと、軽さ最優先でペツルのEライトを使っていましたが、豆電球みたいな光では砂利道やガレ道では見通しが利かず、こわい思いをしてきました。
誕生日に姉に買ってもらった新しいライトは、軽くてしかも感動的な明るさでした。
道がはっきり見えるだけでなんて走り易いんだと歓喜して、気持ちまで文明開化したみたいな明るさで、夜道をひた走りました。

でも、下りきって安全なアスファルト道路に変わったところで、一気に眠気の揺り戻しが来ました。

おでこの明るいヘッドライトが、降りしきる霧雨のかぼそいラインをキャッチして、ツーツー、テテン、暗闇の皮膚をつつくような光の刺繍が、ツーツー、テテン。雨のステッチの柄模様。
それを見ているともう気が狂いそうに眠くなる。
けれども、目の前を絶えず流れる繊細な刺繍から逃れようとまぶたを閉じると、そこはわたしの内側で、こっち来ちゃだめ! だめだめ、外見て! 道見て! って。そして目を開ける、ステッチがうるさい、目を閉じる、眠りの中にいる。

道路のつぎはぎに足をとられてハッとする。
「怪我するよ!!」
自分に向かって大声でがなりたてる。

つんのめるように足が止まって、「うわあまた寝てた!」
パッと目を開けると分岐点ギリギリに立っている。矢印と逆の道に進路をとりかけている。
「そういうことしてるから!! 迷うんだよ!」キレて泣きそうな声でまた怒鳴る。

去年コースロストしたことを思い出す。
「お願いしっかり!」
祈るように進む。
眠い。

危ない思いをしては目が覚めて、「ああよかったもう起きた、もう大丈夫」って思うんです。そしてすぐまた、平然とやって来る眠み。

眠み、それは諸悪の根源です。
表面的には振り払えても、見渡す限りいなくなったと思っても、土中深くまだ、眠気の根っこが残っている。伐採じゃだめだ、引っこ抜くんだ。すっぱり根絶やしにしないことには、切っても切ってもまた新しい眠みが生えてくる。無限のいたちごっこに消耗する。
「根こそぎいくよ、できるでしょ?」
言い聞かせて、雄叫び、爆笑、水かぶり、自傷、あらゆる戦法を試すものの、どうしてもどうしてもどうしても、眠気の根絶に成功しない。

頭の中には家系図がありました。
父母や祖父母から枝分かれしてきた我々が、どのルートを遡っても結局サルに辿り着くみたいに、どうあがいても、どうもがいても、わたしの意識は眠りの元に戻ってゆく。

ブッダは、「生・老・病・死」の四苦にぜひ「眠」も加えるべきだった、とわたしは真面目に考える。
さてはブッダのやつ、246km走ったことないんじゃないの、と思う。
死は死んじゃえばそれで終わりだから簡単だ。四苦メンバーとしてふさわしくない。
「生・老・病・眠。生・老・病・眠。」
よい。しっくりくる。
「生・老・病・眠。生・老・病・眠。」
唱えてみると「みん」がかわいい。くすぐられるようにまた、眠くなる。