後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月20日金曜日

50km〜81km《若木》

50kmすぎあたり、壁面に大きな落書きがありました。
赤字のスプレーで、「ΣKATA」。
読めもしないその落書きからなぜか目が離せず、いつまでも壁の赤文字に焦点があってしまうのが不思議でした。
赤文字系ファッションってわかります? 雑誌だとCanCamとか、かわいい女子が読むモテ系の格好なんですけど。
ギリシャにもあったりするのかなあ、赤文字で「ΣKATA」

などと、脳内でぼんやりファッション誌のロゴを組んだりして、通り過ぎてからも網膜から消えなかった「ΣKATA」に、突然答えがひらめきました。
「……スカタだ!!」

大会前、通訳ボランティアの坂根さんにいくつかのギリシャ語を教えていただいたんですけど、そのひとつが「スカタ」って言って、日本語で「うんち」なんです。
坂根さんからは、音だけをカタカナで教わっていたので書き方までは知らなかったのですが、「ΣΠΑΡΤΑΘΛΟΝ」の読み方が「スパルタスロン」だったことを思い出して、じゃあ「ΣKATA」Σ、は、スパルタのス、じゃん!
ス・カ・タ!! って。

「うんち」かあ。
国は違えど、壁の落書きの内容ってだいたい世界共通なんだなあと思うと、くだらなくて笑えました。自分の力で答えに辿り着けたこともうれしくて、「これで運(ウン)もつきますね!」って心の中で坂根さんに謝意を伝えたり。

便意を覚えましたが、きっとスカタのことばっか考えていたせいだと思って、「まやかしの便意に惑わされるな」と眉間に皺を寄せて唱え続けたら見事におさまりました。
洗脳されやすい体質です。

スカタを越えてすぐ、あきちゃんらしき背中を見つけた、と思うと一瞬で追いついてしまいました。武内さんは他の選手にもどんどん抜かれていて、見るからにペースが落ちているようでした。
もっと後半に追いつくつもりだったので、不吉な予感がしました。サロマでも、今と同じ60km地点で捉えてそして、その後あきちゃんはリタイアしたのでした。
結局、どれくらい練習したかをわたしたちは互いに話しておらず、それぞれ「自分なりにやった」としか表現できなかったから、あきちゃん……やっぱり脚できてないのかな、だめなのかなと思った。
いっしょについてくるんじゃないかと期待していた背中の足音はみるみる遠ざかり、振り向いたときには既に小さく、どのランナーがあきちゃんなのか、もうわかりませんでした。
「幸運を祈る。」そう願うしかなかった。

まもなく前方に山田さんを発見。
そしたら急にギアが二段上がってペースアップ、わざと軽い調子をつくって「ウィ〜!」っつって、男子校生みたいな口をきいてすごいスピードで抜かしました。
山田さんが「おお〜」って感心してくれてうれしかった。
今までろくに話したこともないのに、自分はどういうわけか山田さんに対してめちゃくちゃかっこつけていて、何これ。戸惑いました。
どうもわたしは山田さんに「男らしい」と思われたいようなのでした。山田さんのことを同性として、性的に意識しているんだと思った。わたしの中のホモが目覚めた瞬間でした。

ジェンダーが振り切れたあとは、ひたすら山田さんの描写に心を砕きながら走りました。
山田さんは笑顔がむさ苦しい人で、髪は……、髪はあったっけ? 禿げ散らかしてる印象もないけど、ふさふさだった気もしません。なんか、大会Tシャツをラフに気崩していたのがオシャレだと思った。あのTシャツを小粋に着こなすことができるなんて。
もし、男子校時代に山田さんと同じクラスだったら、自分は絶対パシリに使われていたと思うんです。山田さんが部活の先輩だったりしてもいいですね。山田さんに焼きそばパンとメロンパンとを献上している自分が目に浮かびます。
山田さんいいなあ。山田さんにいじめられて登校拒否とかしたかったなあ。
あのいじめられっこの自分が、スパルタスロンでいま、山田さんを鮮やかに抜き去ったと思うと感慨深いものがあって、すごい、山田さんの妄想で10km稼げました。
「山田」っていう、工夫のかけらもない、なんかからっぽな名字も使い勝手がよかったし、お世話になりましたありがとうございます。

《画像はイメージだよ!》