後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月25日水曜日

148km〜159km《武内》

若木です。
武内語の翻訳をしております。
一応、この完走文はフィクションです。

_______________________________



大和田さんといっしょに坂道を上り始めたんだけど、なんと私、なんとまさかの、眠いのが来たんだよ……。
さっきまであんなに威勢よかったのにね。
山田さんがいなくなって、ゲップが出なくなった代わりに眠くなった。
山田さんの眠気が私に引き継がれちゃったみたいに、私が「眠い人」になった。

まだ、せいぜい1時とか。
信じられないよ、自分でも! いまスパルタ中だよ!? おかしいでしょ、って。
眠いんだけど、眠いって認めたらそれが本当になってしまいそうで、内心まだ半信半疑。
普段から夜型だし、大会中眠くなったことも今までそんななかったし、大会前、何を心配してなかったかって眠気の心配だけはまったくしてなかったからね。
眠気かー! そこノーマークだった! と思った。

私、感動すると、きついのを忘れられるんだ。
苦しい時きつい時、感動すると辛さがなくなる。
要は感情が高ぶればいい。だから怒りとか悲しみとかでもいいんだろうけど、それらネガティブな感情は自発的には作り出せないんだ、私は。
でも感動ならいくらでも、無限に作り出せる。

まだレース序盤の頃の回想なんだけど、沿道でこどもたちがサインを求めてきたの。
ギリシャではスパルタスロンを走るランナーは英雄扱いなんでしょ? 大会中、サインをもらおうと待ち構えているこどもたちがそこかしこにいるって話、聞いたことがあったから、ああこれがスパルタ名物サイン責めかあって、ほっこりしてたんだ。
なんかね、お姉ちゃんと妹とが道ばたでランナーを待ってるんだけど、妹がサイン帳持ってもじもじしてて、それをお姉ちゃんが「行きな行きな」って背中押す感じ。すごくほほえましかった。
「Akiko」ってサインして、となりにちょっとしたイラストも。
そしたら妹、ちっちゃい体でぎゅってハグしてきて、なんてかわいいの……と思って、感動。「汗くさいでしょう〜」って申し訳ない気持ちの混じった感動。
そのあともサインせがまれるたび、似顔絵描いてあげたり、走りながら描いたりとかもした。

……とかね、前半のできごとを思い出してみて、……だめ。
きついのは感動作戦で忘れられるんだけど、眠いのはどうにもならないね。
なかなか思うように走れなくて、遅いの。
大和田さんのほうがペース速いんだけど、走っては止まり走っては止まりで、ちょっと先行っても曲がり角のとこで待っててくれたりとか、私がはぐれないようにしてくれて。
それで、ひらけた駐車場の向こう、広くて明るいスペースが、サンガス山のベースエイドだったんだ。

着いてみた感想はねえ、「へえ〜! これが噂の〜!」って。ベースエイド、毎年くるみちゃんのスパルタスロンのハイライトじゃん。私も、どんなところかなって色々想像してたから。

もっと山の中の狭いエイドなんだと思ってたら、計測マットもあって地面はまだコンクリートで、平らなエイドだった。
寒かったから、温かいの飲んで、トイレ行って、防寒着着て、ヘッドライト付けて、大和田さん見失って、「大和田さ〜ん!」って叫んでも返事なかったから、そのまま出発した。

《Akiko》