後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月24日火曜日

120km〜148km《若木》

唐突にクイズ。
わたしの、いちばん初めの眠気が、何時に来たのかわかりますか。

17時です。
100kmに達する前にもう、眠みの萌芽がありました。

自分でも、うそでしょと思いました。
昨日は8時間眠れた。
眠くなるわけない、こんな早く。
ふざけてるんだ、と思う。
眠さを認めたくない。あまりに情けない。

自分が眠気に極めて弱いことは、よくよく自覚できていました。
それでも、まだ明るいうちに眠くなるなんて、まさか。
泣きたい思いでしたが、泣く原因もまさに自分にあるわけです。いま泣いたら心の思う壺だと思って、これは罠だ、って。まだ先は長い。心に振り回されて疲れちゃだめだと思って、「集中!」叫んでペースを上げました。

田舎道では、辻本さんと抜きつ抜かれつでした。
辻本さんはスパルタスロン初参加。
普段のメインは山で、いままで走った最長距離はトレイルの160kmだそうでした。
大会前日のレストランでいっしょの席になったのですが、隣にいるサポーターの彼女がすごくかわいくて、わたしがハッスルしちゃったんです。おふたりとは初対面なのに暴走して、きらいな有名人の話とかしたら、かわいい彼女がにっこりしながら「ひねくれてますね〜」って。ちょっと、そんなふうに笑われたら好きになっちゃうじゃないですか〜!
彼女の名前は、デリちゃん。生まれて初めての、海外での運転が心配だと不安そうに話していました。
知れば知るほどキュートな辻本ペアを、わたしは密かにひいきにしていたんです。

大会当日の朝、バタバタと後頭部をつくっていたら、背後で「エイドに塩ってあります?」って声がして、辻本さんでした。わたしたちにエイドのこと聞くなんて、ほんとに他に、よっぽど知り合いいないんだなあと思いました。立派にあぶれているなあと思って、またも好感度が上がりました。
わたしたちも大概、似たようなものなのでうれしくなって、写真撮ってもらったりなんかして。

《辻本さん撮影》


でも、最初は好調そうだった辻本さんが、止まってストレッチする回数が増えてきて、「大丈夫ですか?」の問いかけにもいつしか返事が来なくなり、あっ、この人終わったなと思った。

デリちゃんがサポートカーで通りすぎるたび、「くるみちゃんいいペースー! がんばってー!」って励ましの声援を送ってくださり、わたしも「ありがとー!」ってうなずき返すのですが、心の中では「デリちゃん、あなたの彼氏さっき終わってたよー!」って。デリちゃんすごい不憫と思っていました。

断続的に襲ってくる眠気には、エイドの氷で対応するようになっていました。
氷を齧るとさっぱりして、胃腸も元気になる気がしたし、氷塊を背中に入れたり、握りしめたり、瞼に塗ったくってみたり、体のどこかがひんやりしていると眠気をごまかすことができました。

このあたりはもう完全に夜。
外気は冷たく、氷のあるエイドが少なくなってきてしまいました。やばい。寝るのか。負けるのか、眠気に。

遠のきかけている意識に、「くるみちゃん?」と呼ぶくぐもった声が後ろから響いて、「あああああーっ、大滝さんー!」目が覚めました。
「くるみちゃん前にいたんだねえ、速かったんだねえ。」
穏やかな調子で声をかけてくれる大滝さんに、「お願い、めちゃくちゃがんばるからついていかせてください」と懇願したら、「めちゃくちゃがんばったらつぶれちゃうからそのままでいいよ、合わせるよ」って少しペースを落としてくれて、決して大滝さんから離れるまい。固く心に誓いました。

大滝さんが最高でした。
しんしん静かな夜の中、大滝さんの足音だけがメトロノームみたいに正確で、ムラのあるわたしがペースを乱して早まると、「焦らなくて大丈夫」って、あくまで静かに諭してくれて。

「トラブルは?」「マメだけ。でも全然。我慢できるやつ。」
早口で答えると、それまで痛いと思っていたマメが本当にもうちっとも痛くなくなって、それからはふたりとも無言のままただ、距離だけが着実に積まれていきました。

エイドの明かりが見えます。
「先行っていいよ」と言う大滝さんに、「そんなこと言わないで」とかなしい気持ちになって、「やだやだ大滝さんといっしょがいい」とごねると、「大丈夫必ず追いつくから、必ず。」そう言って先を促され、そうして本当にちゃんと、追いついてきてくれるのでした。「くるみちゃんいいペースだから追いつくの大変だよ〜」の、やさしいぼやきとともに。