後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年10月31日火曜日

176km〜195km《武内》

若木です。
武内さんの後半戦です。
なんか色々すみません。
この完走文はフィクションです。

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前半、まだひとりで浮かれて走ってる時、「あ〜ばかに生まれてよかった!」って何度も思い、そして口ずさんでた。

私、苦手なものがカタカナと数なんだ。

高3になる時選択授業があって、社会科の科目をね、選ばなきゃいけないんだよね。倫理か政治経済かの、どちらか。先輩にどっちがカタカナ少ないか聞いたら、「倫理は外国人の名前とかいっぱい出てくるから、倫理はカタカナ多いよ〜」って言われて、それで政経にしたんだけど、結局政経、全っ然わかんなかった。興味も持てないし。今考えたら絶対倫理だったよね。おもしろいのは。

あと数ね、引き算ができないでしょ。まあ割り算もかけ算もできないんだけど、……あっ、繰り上がりのない足し算はできるよ!

だから、エイドの名前色々あるでしょー、ルリキア、ネスタニ、テゲアメゲア、アリストテレス、みたいな。どこがどこだかさっぱり覚えられないし、246キロ引く何キロって計算ができないせいで残りの距離もわかんないんだけど、でも、あんまりなんにもわかってなくても、とにかく走って、途中でやめさえしなければゴールには着くんだよなと思って、「ばかでけっこう! おおいにけっこう!」って。

「あ〜! ばかに生まれてよかった〜!!」
超肯定感。多幸感。
「全然つらくないし幸せだ、超幸せだ」ってずっと思ってた。

ばかは風邪引かないとか言うでしょ。ばかであほだからこそ、私はつらさを感じないで済むようにできてる気がしたんだ。もしばかじゃなかったら、こんなふうには走れなかっただろうって思うと本当に幸せを感じた。
「ばかに生まれて幸せだ。」そう気づけたことがうれしくてたのしくてますますテンションが上がっていった。

そして後半。

私よく「気持ち」って言うんだ。
気持ち。
眠さなんて気持ちじゃん。
「気持ちが足りないだけなんだよ。甘えてるだけだよ! 幸せだよ!」そう思うんだけど、でも眠さがとれないんだよ〜。幸せと眠さとが両立しちゃうの。
『ばかは風邪引かない』みたいに、『ばかは眠くならない』的な、ばかを対象にした特典があればいいのにってほんとに思った。眠気免除サービスみたいなやつ。

なんで今までのレースでは眠くならなかったんだろうって考えて、そういえばいつもくるちゃんがいたなあと思った。くるちゃんが「眠い眠い」うるさいから、自分まで眠くなるわけにはいかないと思って、くるちゃんの介護で眠くならずに済んでたの。
思い返せばスパルタスロン、ここまでの全組み合わせが完全にそのパターンだからね。
弱ってる人といると強くなる。
だれかが眠いと覚醒する。

レースも後半になって、マック(鈴木)さんと一緒に走り出したんだけど、マックさんはしっかりした人なの。
私がだめになる組み合わせなの。
ますます眠いの。

「眠くなってください。」
マックさんにお願いしたわけ。

マックさん普通の人だから、最初わかってくれないのね。
「いや寝ちゃだめだよ」とか言って。
「ちがうんですってばー! マックさんが眠いのやるんですー!」って、「演技してください」って何度も必死で説明してるとだんだんわかってきてくれて、それでマックさん、ちゃんと演技してくれるのよ。

「ねむいよお〜。ぼくもうねむくなっちゃったよお〜。」

私、「何言ってんの! 眠くなってる場合じゃないでしょ!!」って、そうするとちょっと目が覚める。
でもまた眠くなって、「マックさん! 眠いのやって!」

「ね〜む〜い〜よお〜。もう走りたくないよお〜」
「そんなこと言ったって行くしかないでしょ!」
「だってねむいんだもん〜」

マックさん真面目だからね。
寸劇にも付き合ってくれるし、残り時間、残りの距離、計算して計画練って、丁寧にサポートしてくれるんだけど、 何しろやさしいからさ、怒ったりは苦手なんだよ。

「叩いてください」って頼んだら、腰のあたりぽんぽんされて、「そうじゃないもっと上! もっと強く! そうそうそれそれ!」って言ってやっと背中バーンってしてくれてね。厳しいスパルタ教育に関しては、完全に指示待ち人間よ。あれだね、人間やっぱり一長一短だね。一短っていうか別に、私が眠くならなければそれでいいんだけどさ……。

なんか、ごまかせるような眠気なの。ふわ〜っと眠い。
ごまかせるような眠気だから、しっかり対策もしない。

マックさんに、「そんなんでふらふら歩いててもだめ。休んだ方が絶対いい」って言われるんだけど、私きっと休憩してもぐーぐーは眠れないから、そしたら時間ロスするだけじゃん。休んで回復する保証なんてないし、「いやだ休みたくない」ってつっぱねて、マックさん「休むべき」、私「休まない」の平行線。
でもそうやって口論してるとちょっと気合いが戻ってくる。

「余裕あるから眠くなるんですかねえ! 余裕なんてないですよねえ!!」ってマックさんにキレ気味で聞くと、「走れてれば大丈夫」とか冷静に言われて、またしょぼ〜ん、みたいな。



《ギリシャの哲学者アリストテレスは、アレクサンドロスの家庭教師をつとめた。》