後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年11月11日土曜日

イジ

ゴールのスパルタからスタートのアテネまで、帰ってきました。




帰りのバスでは一番前の座席に座ったのですが、運転手のおじさんがいまにも眠りこけそうで恐怖を味わいました。
なんかまぶたの運動がすごくゆっくりだったんです。彼のまぶたの筋肉を、極小サイズのナマケモノが動かしているんじゃないかと思うくらいゆっくり……わかりにくい例えですみません。
震え上がってとなりの方に、「な、なんか、おじさん居眠りしてませんか……?」って聞いてみたら、「いや、だいぶ前からです…。ぼくさっきシートベルトしました。」とか言ってて、なにちゃっかり自分の身だけ守ってんですか…!? 初対面にして思わずつっこんでました。
「でも、眠いんじゃなくてただ独特なまぶたなだけかもしれないです」「そんなまぶたあります!?」「ないですかねえ」「あっちょっと、ほら、フリスク! 決定だよ眠いんだよ!!」


ひそひそ声で騒いでいたのですが、おじさんがフリスク出してきたと思ったらそれは高速を出るためのETCカード(のようなもの)でした。


特異なまぶた説のほうに軍配があがりました。疑ったりして悪かったです。居眠りじゃないことがわかってよかったのですが、彼は運転手のほかにもっと適職があったんじゃないかとか思いました。バスで無駄に緊張感を使ってしまいました。

 

ホテルに戻ると、レストランのもうすっかり顔なじみのマスターがあきちゃんの完走をすごくよろこんでくれて、わたしは鼻高々でした。「すごいでしょう。自慢の友人なんです」と思った。それから、「来年も来るよね? 来年も来るでしょ?」っていうマスターの質問に対し、もう来ないと決めているあきちゃんが答えを曖昧にはぐらかしていて、息がつまりそうになった。わたしは来年も来たいのでした。あきちゃんといっしょに。



エレベーター前でひっそり、しんみりしました。


部屋に着いてからはおしゃべりが止まらず、レース中どちらが眠かったかでふたり、言い争ったりしました。「わたしのほうが眠かった」「いやわたしのほうが!」
とりあえずはっきりしているのはふたりともバカということでした。

話しても話しても話尽きない。特にあきちゃんの完走談話が想像を絶する破壊力でした。この人は本当に、ナチュラルボーンエキセントリックなんだなと思いました。窒息するほど笑い転げながら、笑いの底には、「今年でさいご…」という喪失感がしっかりあって、これをかたちに残さなきゃと思いました。書きたい熱が高まりました。


武内さんとふたりいっしょにいるとわたしのほうが頭おかしいと思われがちなのがずっと不服だったんです。わたしがおかしいのは後頭部だけ。本物は、一見普通に見える武内のほうです。いいですか? わたしは何が常識か、一応ちゃんとわかった上で、計算づくでやってます。……そうは見えないかもしれないけどそうなんですよ! 演技をしてるだけ! 後頭部だって、笑ってほしい気持ちが先行しすぎてちょっと変になってるだけで、髪さえ生えればわたしは普通。超普通。わざと変にしてるんです。いわば養殖。でも、あきちゃんのすっとんきょうは天然由来のピュアなやつです。生粋のクレイジーはあきちゃんのほうなんだ、ってそろそろみんなも気づいていい頃だと思う。
完走文を書くことで、あきちゃんのやばいエキスを散布したいと思いました。

《膨大な発言メモ》

見事にスパルタスロン全行程をやりおおせたあきちゃんですが、レース後ちょっと脱肛気味になったそうで、わたしは有事に備えて自分の指をまじまじと見つめていました。
トイレからあきちゃんの「easy」っていうつぶやきが聞こえてきたので、「イージー? うんち簡単に出た?」と訊くと、「ちがうよ。イジ。」

イジ……。
「遺児?」「意地?」わたしがぽかんと問い返すと、トイレから出てきて、「ちがう、キープ。維持。」あきちゃんが教えてくれました。
曰く、「おとといこの体で完走できたんだから、このまま体を維持できれば、億劫なトレーニングとかしなくても済むんだよな…」とのこと。「なにもゼロに戻すことないし、マイナスにする必要ない。」って。「維持。」って。

えっ……! それって、まだ走る気あるってこと? いまが最終回じゃないんだ……? 次回もあるって思っていいの……? 
期待がうまれた。

「しようよ!! 維持!!!」
わたし自身、「維持」が何より苦手なことを知りながら、「維持、ね……。」遠い目をして思いました。