後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年11月9日木曜日

30:55〜35:25


倒れ込んで腕時計を確認すると、30時間55分。


なんとか30時間台でゴールできました。




今年は道に迷わなかったし、転倒もなかったし、天候だってよかったし、条件が揃いまくって、このタイムでした。さらには終盤、幸運にもみずきという存在にありついて、本来得られないはずの覚醒を得て、ドーピングがあってのこの記録です。

自己ベスト。だけど目標はあくまで30時間切りだったから、あと55分、どこをどうやって縮めればいいのやら。
見当もつきませんでした。


川村さんがゴールで待ってくれていました。日本の方に会うのは久しぶりでした。知っている顔が出迎えてくれてうれしかった。大好きな川村さんでうれしかった。


川村さんの顔を見たら張りつめていた気持ちが一気にほどけて、こどもみたいに泣いた。
ひきつけを起こしながら、「途中全然がんばれなかった。眠くなっちゃって全然ちゃんと走れなかった。しかもみずきさんを超感じ悪く抜かした。最後ずっと逃げてきたの。すごい嫌な感じだったんですわたしが」と言って泣きじゃくった。

自分の言葉にどれくらいポーズが入っていたのかわからない。川村さんに甘えたかっただけかもしれない。それでもこんな風に泣くとは思わなかった。口をついて出てくるのは反省の言葉ばかりだった。ゴールしたのに、自分はこんなにも悔しがっているのかと泣きながら思った。勝ったじゃん、みずきに。なのにここまでとは思わなかった。もうだいぶ前から激烈に不本意だったのだろうと思った。心を覗き見しては、後追いで自分の感情を発見していくような不器用さで、情緒がコントロールできなかった。

「おめでとう!」
坂根さんとふたりの娘さんが抱きしめてくれた。涙がまたこぼれた。

簡易ベッドに寝かされて、メディカル班に囲まれた。
靴を脱がされて、白い靴下の指先が赤く染まっているのを見た。血の気が引いて、痛みを覚えた。そういえば大滝さんに出会った中盤、マメが痛いとか言ったことを思い出した。そのあと本当に忘れていた。一度も痛みを感じなかった。
出血を知ってしまうと、もう完全に痛かった。痛みとは脳で感じるものなのだと知った。体なんてマヌケでやんのと思った。だまされてやんの。

川村さんに支えられてよたよた歩いた。
「あきちゃんは!?」何より気がかりな武内の消息を、川村さんは「大丈夫。たぶん」みたいなあやふやな回答で済まそうとして、それじゃ納得いかなかった。「ネットないんだごめん」とのことだったけど、わたしはネット漬け生活に慣れた現代人のはしくれなので、ただ待つことがどうにも我慢できなかった。ネットネットネットネット……。ネットを求めてさまよった。

ようやくネットにありついて実況を見ると、あきちゃんはまだ生きていた。
リタイアしてない! よかった〜!! 
貯金もまあまああるようだった。それでもいてもたってもいられなかった。…心情としては、いてもたってもいられず浮ついているのだが、体が思うように動かないため、いてもたっても「いる」ことしかできなくて、沿道で、ただ「いる」人としてぼけーっと待っていた。

だいぶ待った。
大滝さんのゴールを見た。
山田さんのゴールを見た。
山田さんが、「あきちゃん絶っ対ゴールできる。途中まで並走してん。ものっすごい元気」と熱い語調で教えてくれた。言葉に強度があった。ネットより信頼できる情報だった。

黒田さんのゴールが泣けた。
グッときて思わず写真を撮ってしまった(しかも許可なく載せる)。


前年度のリタイアを経ての完走だそうだった。
こみあげる涙が美しかった。ほんとよかった。

皆のゴールシーンに見とれてあきちゃんを忘れそうだった。
川村さんにビデオカメラを託した。動けないわたしの代わりにあきちゃんを迎えに行ってくれた。

制限時間まで1時間を切った。45分を切った。
わたしの心配性が発動する頃だった。
はやく来て。不安だよ。

…と、
あきちゃんが見えた。
遠目にも、白くて細くて小さかった。
は〜。ちっちゃい体でよくがんばったねえ、えらかったねえと思った。
それから、「よかった〜先にゴールできて。」と心から思った。上から目線で迎えられてよかった!
「はじめてなのにすごいよお」とか言ってえらそうに労をねぎらった。

あきちゃんにひっつかまれて、本日二度目のヴィクトリーロードを走った。

自分のときとは見事にちがうゴールだった。
祝福の華やいだ雰囲気に呆気なく呑まれた。
つないだ手の、華奢な感触が懐かしかった。
脳みそに自分の声でナレーションが響いた。

「スパルタスロンを友だちとゴール」

だれにでもできることじゃないと思った。
この体験をするために、もう一度この世に生まれてきたいと思った。

おめでとうあきちゃん。
どうもありがとう。