後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年11月7日火曜日

240km〜ゴール《若木》

あと6km。
去年はあきちゃんが迎えにきてくれていっしょに走ったあの6kmを、こんな気持ちで、こんなスピードで走ろうとは思いもよらないことでした。
去年だってがむしゃらだったし、くたばり方は似たようなものなのですが、今年は残りわずかにして朗らかな達成感は一切なく、やさぐれ度が最高潮でした。
「スパルタスロンってこんなだっけ……? こうやって走る大会だっけ……?」
酸欠の脳内に疑問の声もこだましましたが、顔を歪めてひたすら逃げるのみでした。

声援にも一切応えなかった。
顔面でわかってもらおうとしました。
こいつギリギリだ、って察してもらえるような崩れた顔で。

すごい形相で逃走しながら、「抜かれたら抜かれたでいい薬にするしかない」とも思っていました。なんで中盤あんなに眠くなっちゃったんだろうと思うと後悔で胸が張り裂けそうでした。
みずきに抜かれてからは一度だって眠くならなかったじゃないか。やればできるのに!! なぜこうして追い込まれるまで走れなかったのか。あほか、と。

眠かったとき、自分を『走れメロス』に置き換えて、必死で踏ん張ろうとしたんです。
ゴールにあきちゃんが待っていると仮定して、「日没までに着かないと友だちが殺されちゃう」って、「大変だ起きなきゃ! 走らなきゃ!」って。
でもだめでした。
全然だめでした。
みずきが一番効きました。
みずきという覚せい剤を入れてはじめて、わたしはガッチリ醒めたのでした。

こんなに負けたくないと思ったことは今までありませんでした。
その思いに、こんなに体が応えてくれるとも思いませんでした。

それでも、髪を振り乱して懸命に走る自分の姿がバッドエンドの前ふりに思われてならず、どんなに走ってもどんなに逃げても、最後の最後でみずきに抜かれる不吉なイメージがぬぐえない。
ヴィクトリーロードで必ずみずきが差してくると思っているから、逃げても逃げても悪夢の中から出られなくて、一体何から逃げているんだか自分でももうわからない。
憑かれたように走っていました。


ラスト1km、自転車に乗った少年たちが、真横で後ろで、並走してくれました。
光の中、少年に囲まれてひた走る構図は、カメラマンには感動のクライマックスに映ったことと思います。
でもほんとは、「少年よ。わたしのことはいいからみずきの妨害してくんない?」って思ってた。ほんとに。
スパルタスロンの長い歴史の中で、神聖なこの場所で、こんな薄汚いこと考えた人って他にいるのだろうかと呆れて思った。スパルタ史上、最も邪悪な少年の使い方にちがいないと思った。
もうやだ早く抜いてほしいと思った。
みずきに抜かれるまで、わたしの邪念は鎮火しない。

妄執にとらわれたままアップダウンをふたつ越え、右に折れたら直線だった。
たくさんの国旗と人々が見えた。ゴールが近かった。


「あれ? 最後の直線、来ちゃったけど」と思った。
もう道幅は狭い。後ろには少年たちの気配がある。

こ、このまま行けるの…? ぬ、抜かれないの…? み、みずき……?





え、ゴ、ゴゴゴゴールしちゃうよ いいの………?
いいのね…………!?

ゴールタッチ。


タッチというか激突して、反動で後方に弾かれ後頭部をうちつけた。
後頭部にはエレナがいたことを思い出す。エレナが地面にチュー。


「終わった」と思って力が抜けた。
視界がホワイトアウトした。
天に召されかけたけど、3秒間で帰還できた。


 ①《仮死》


 ②《昇天》


 ③《帰還》


みずきはまだ来ないみたいだった。
なんだ追いかけて来ないならそう言ってよ〜! と思った。
すぐ後ろにいるものとばかり思い込んでいた。

精魂尽きた。
闘魂が燃え尽きた。
あふれる涙に燃え殻が浮かんだ。浮かんだ水が濁った。スパルタスロンが濁った。スパルタスロンがズパルタズロンに濁ってずっしり重かった。みずきのズだと思った。