後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2017年11月2日木曜日

195km〜220km《武内》

若木です。
お疲れさまです。
いつもすみません。
この完走文はフィクションです。

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「マックさん私うんこします。そしたら気持ち切り替わるかもしれません。」

眠気が全然とれないし、やる気も壊滅してたから、草むらを探してうんこしたんだ。
それから「よしっ」と思ってコースに戻ったら福ちゃんがいて、「痛い辛い」言うわけ。「自分、耐性ないっす。ウルトラ向いてないっす、もうやめます」って。
ああ、福ちゃんつらいんだー、かわいそう! って思って、つぶれてる人見ると俄然元気が湧いてくるんだ。自分はこの人よりは大丈夫だと思えてちょっとシャキッとできるのね。

でも、全部が全部、続かないのよ。またすぐ眠くなる。
マックさんが、「ここまで来たら最後まで行かなきゃね」って声かけてくれるんだけど、「いや行くに決まってるでしょ何できない設定にしてるの」とか思って、ムッとしながらもまだ、どうしても眠いんだよー!!

マックさん、いっしょに走ってはくれるんだけど、ちょっと先に行っちゃうの。そうするとどうしてもさぼっちゃって、眠くなる。だから「真横で走ってください!」って立ち位置まで細かく指定して、「ココです!」みたいな。盲導犬みたいな。横にぴったり付かせて、でも横並びになると白線越えちゃうでしょ。だから車が来ると縦列走行に切り替えて、車がいなくなったらまた真横にぴたっ、って。マックさんやることなすこと真面目なの。ちゃんとしてるの。

私が全然進めなくて、ちょっと勢いつけてもらおうと思って、「背中押してください」ってお願いすると、押してくれるんだけど、車が通るとパッて手を離すの。「援助したら失格になるかもしれないから」って。

それから手をつないでもらおうと思ってお願いすると、「うん。自分の力で行こう。」って。生活指導の先生かよ〜。しかも「うん、自分の力で」って言う時に、ちゃんとこちらに向き直って、身をかがめて、まっすぐな瞳で、不登校児に言い聞かせるみたいに言うわけ。マックさん自分でも大きくうなずきながら、「うん。自分の力で。」って、噛みしめるように。
そしてそれが私の心に響くわけもなく、なんか……やけに近道させない先生っていたよね? 芯から実直なマック先生は近道を許せないんだよね。こちらの可能性を信じて、すごい待ってくれてるの。私の成長を……! なんかもう、マックさんが真摯に応えてくれちゃって私は自分が恥ずかしいよと思って、恥ずかしくさせないでよと思って、「ねむいねむいねむいねむいこっちは眠いんだ〜!」みたいな。わがまま不登校児役に入っちゃってね。
それでさ、「先生じゃあ怒ってください」って言ってどうやって怒ってくれるか楽しみに待ってるんだけど、そこはマック先生ポンコツなの、根が優しいから。全然こわくない。無迫力。

そんなこんなでマックさんがどんな手を尽くしてもだめ、自力でがんばろうと思ってもだめ、打つ手なし。それでもう、あとはエイドの人に頼るしかないと思った。

エイドで、「ねむい!」って言って、パフォーマンス混じりでコップの水を3杯、バシャバシャバシャッて顔かけて、そしたら目のところにも水が入るでしょ。泣いてるみたいになるの。あれっ? と思う間もなく、気づくと本物の涙があふれてて、号泣の幕開け。

「寝てる場合じゃ〜ないじゃんなんでこんな簡単な〜ことができないんだ〜あたしできるもん〜眠いだけなんだ〜〜ヒック走れるもんばかやろう〜ヒックヒックばかやろう〜ちんたらちんたらやりやがってばかやろう〜〜眠気なんてどっかいっちまえ〜ヒックヒックヒック悔しい〜〜〜ヒックヒックヒックヒック」

大号泣。
走りながら、身をよじらせての爆泣き。
同時に、号泣してると眠くないことにも気づいたんだ。

「あれ………? あんなに眠かったのが、……ない…? 眠く、ない……! 発見しました! 私、ついに、眠気撃退法、見つけましたー!!」

泣くとかマックさんの前で変なことしたから照れくささもあって目が覚めて、ちょっとの間しっかり走れたんだよね。
マックさんその間どういう表情でどういう佇まいで隣にいたか、その時わかんないけど、私も私で「私よ、まあまあ落ち着け、でもこの調子だ」と思って、スポンジで涙拭いたりして。

ただ、号泣の魔法が消えたらまた眠くなる。

号泣明け、うしろから日本の人が来たから、「眠い。ビンタしてください」って頼んだんだ。
私、生まれて初めてのビンタだったの。
目つぶると、右と左、どっちから来るかわかんないでしょ。
いきなり右頬で「ボゴッ」って怪奇音がして、瞬間、事故に遭ったと思った。

「いっ……っったあぁ……!!!」

ってほっぺ押さえて、「やったわね!!」って言ったからね、思わず。「何してくれてんのよ……!!!」って。
指の痕が3本くっきりついて、アディダスの協賛ランナーみたくなってさ。ビンタしてくれた人、「痕が残ったらごめん」って謝ってた。痕、すぐなくなったけどね。
後日談になるけど、レース後に話しかけたよ。右頬を押さえて「山外さん、さては左利きですね……!」って。名探偵コナン意識して、「お前のトリックはこれだ!」みたいな感じでやったんだけどたぶん伝わってなかった。


〈若木の感想:あきちゃんに『手つないで』ってお願いされてつながないでいられる人がこの世にいるとは知りませんでした。つくづくマックさんって驚異的だなあと思いました。あと、力強いビンタの話がうらやましすぎて、「だれそれ山外さん? 紹介して」とあきちゃんに嘆願。それはそうと、ビンタしろって頼んどいて「何してくれてんのよ」って、もうそれテロじゃんと思ってひたすらあきちゃんがひどかったです。〉