後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年1月14日木曜日

飛ぶ

あのカーブを曲がれば、きっと下りだ。

期待は裏切られ続けました。
左腕に顔を近づけて、標高グラフを確認します。


212kmまで走れば、あとはゴールまでほぼ下れるはずでした。
ひとつ前のエイドから、もうずいぶん経った気がします。なのに行けども行けども、次のエイドは見えません。

眠気はありません。
けれどもわたしは、自分が一体何をしているのかがこの時さっぱりわからなくなっていました。

何かを、頂上に運ぶ途中だった気がしました。
でも何を運ぶのかがわかりません。
手ぶらです。
リュックしょってないかどうか背中に触れてもみましたが、ないものはない。
もしかして、…靴か? 
足元の青いアシックスを見下ろしました。靴に何かヒントが隠されているような気がしました。でも、そこまで。
父のことは思い出せなかった。あきちゃんの顔も。

しばらく頭を悩ませて、ひらめきました。
わかった!  自分自身を運ぶのかな。
ひらめいた割には滑ってる回答でした。
しかしやはり、答えはそれ以外にないように思えます。

どうして、体を運びたいと思ってるんだっけ。
なんで、足を交互に出してるんだっけ。
足を動かして体を前に送るって、なんだっけ。

よく知っている何かな気がする…。

少しでも、速いほうがいいんでしたよね?
わたしは急ぐべきなんですよね…?
速く着けば着くほどいい……それ、な〜んだ…。

マラソン。

あっ、これマラソンだった。
今、わたし、「走る」だ。走ってるんだわ。

我に返った時には呆れることすらできなくて、あくまで大真面目に、マラソンマラソン。何度も確かめながら繰り返しました。

マラソンってことは、やっぱり、自分が自分でこの足を前に出すしかないんだよね。わたしがわたしを持っていくしかないんだよね。

頭が飛ぶ寸前でした。
段階を経て、ひとつずつ確認作業していかないと、すぐ霧の中に戻る。
厳しいスパルタスロンをなんとか攻略しようと、途中でカボチャになったりしたせいでしょうか。ふざけていたらほんとにこんがらがっちゃって、「自分の見失い方」をここまでばっちり実践できたのは初めてです。

さすがにまずい気がしました。
正気とは思えない。

戻ってこい、こころ………。

体と頭はどちらも瀕死の状態です。
アンチを掲げてまで心を無視してきましたが、もうこうなったら、心身総動員で団結するしかありません。
心よ、おいで!  出番だよ! 温存してきた、力を見せて!

「ちゃんとがんばれる。
 絶対完走したい!」

意志がある。
心は殺さない。

振り返れば自分は、心が弱かったことなんて一度もなかったように思う。
あったかもしれないが、忘れた。
今は強い。
それだけで良い。