後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年1月3日日曜日

81km、コリントス

「ミス! ヘイ、ミス!」
右斜め後ろから何度も聞こえてくる男性の声を、だれがどんな失敗したんだろうと聞き流していたら左腕をつつかれました。「お前じゃね?」の合図です。
そっか、ミス/ミセスのミスか。わからなかった。

振り向くといかつい入れ墨の大男が駆体をゆさゆさ揺らしながら、あんた後頭部の子じゃろ〜、とジェスチャーまじりに絡んできて、イエ〜ス! わたしだよ〜! 今年は後頭部ないのよ! なぜなら余裕がないからだよ! なんでお前はそんなにニッコニコなんだよ!!

あと15分で関門閉鎖ってわかってるのかな? 
せこせこ先を急ぐわたしはいらだちを隠しもせず、「GO! GO!先へ!」と写真撮影を拒みました。
あなたにとってはお祭りかもしれないけど、わたしにとっては一世一代の大勝負なんです! 落とすわけにはいかないの! 御免!

眉毛の流れに逆らって汗をぬぐうと、指先に残ったのは眉間に深く刻まれた皮膚の凹凸でした。

わたし、どんなこわい顔してんだよ。
思わず苦笑して、リラックスリラックス。もう一度振り返って「シーユーアゲイン!」と手を挙げて、肩を回して、深呼吸です。
大男に少し気持ちを軽くしてもらって、笑顔に後押しされるみたいに再出発を切りました。

変だ。
走れる。

去年はあんなにきつかったあの坂もあの坂も、今年はへこたれません。
ボードの数字を見る限り、貯金も着々と増えています。

何よりエイドがうれしかった。
夏の間ずっと、公園のぬるいまずい給水で練習していたので、エイドの甘いジュースがタダで飲めるのが心からうれしくて、たぶん全選手の中で最もエイドをありがたがっていたのはわたしだと思います。

ひとつ先のエイド、ひとつ先のおいしいジュースのことだけを考えて走っていると、不思議なくらいあっけなく81kmの関門が見えました。
応援の武内さんの待つ大エイド、コリントスです。
関門閉鎖、45分前。
貯金を大幅に増やしました。
盛り返した。

しずしずと坂を上っていたためか、こちらからは武内さんが見えているのに一向に気づいてはもらえず、かなり肉薄してから「おわっ!? 来た!」と目を見開いて背を向け、ただちに駆け出す彼女の様子がスローモーションに見えました。

わたしが計測シートを踏むとほぼ同時に武内さんもエイドに駆け込み、「何飲む! 氷!?」すぐさまサポート体制に入ってくれて、「おしっこ。」

10メートル先のトイレまで歩く7秒間、わたしは武内さんのか細い手首をむんずとつかまえ、必要以上の力を込めて握りしめていました。
まだ余力が残っていることを伝えるように、強く。
「必ず完走する」って、口に出す代わりに、強く強く。

ぎゅうっと圧をかけて、今だけ、わたしと同じにあきちゃんにも、痛くあってほしいと願いました。いっしょに完走する。