後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年1月31日日曜日

男はつらいよが本音だと思って

スパルタスロンを完走した直後は、絶対また来年も出たいと思った。
皆が祝ってくれたし、自分でも得意だった。
また、もっといい走りをできるんじゃないかという欲もあった。
ただ2週間経つとだんだん熱は落ち着いてきて、十分やりきったなーというぼやけた気持ちに変わった。

ギリシャでは、「若木さんて一回完走した大会はもう出ないんでしょ?」「これでスパルタスロンも卒業だね」などと言われて、そんなの一度も言ったことないという反発心から「また出るもん」と意固地になっていたが、事実その傾向はあるのだ。

特に人気の選考レースに再び申し込む、精神的なハードルは高い。
まず自分の長所を書くというプレゼン方法が就活みたいで照れくさい。できるだけタイムやコースの難易度だけを見て欲しいものだが、中には作文の提出が義務づけられている大会もある。
私は自分が過去、平凡な実績にも関わらず某大会に選考されたのは、作文で拾ってもらったからだと考えている。しかし人格なんていくらでも偽れるし、タイムのほうがどう考えても正確な判断材料である。異論は認めない。

自分が貴重な一枠を費やしたせいで他のランナーが落選したと思うと胸が痛んだ。
念のため念を押すと、もちろん、連続出場をされている方に対して当て付けを言っているわけでは決してない。あくまで個人的な感情である。自分よりももっともっと強い思いでそのレースに懸けている人がいる。いるに違いない。そう考えると、なかなか二回目に踏み込む気にはなれない。

だいたい、これまで自分が出場した多くの大会は女子ランナーに甘かったように思う。エントリーが性別無関係の抽選方式にも関わらず、女子が一人も落選していない大会があったりした。何らかの作為が働いていることを勘ぐらずにはいられない。選ばれる女子の側からすると、それは肩身の狭いものだ。ポッと出の自分の影で、並み居る強豪ランナーが涙をのんでいる。たまらない。
私は特に体がでかい。かわいい女の子も好きだ。体つきや精神性は男とそんなに変わらないのに、シンボルの有無だけで優遇されることをかたじけなく思う。

その点、スパルタスロンのエントリーは先着順だ。
誰の思惑も絡んでいないという点で公平である。
ただ、エントリーするに当たって必要な資格の数々を見てみると、スパルタスロンにおいてもやはり、女性のほうが男性よりも基準が緩い。例えば100kmの持ちタイムが、男性だと10時間のところ、女性は10時間半というように。

ただしスパルタスロン完走という実績があれば、それだけで資格は確保されている。
性別に頼らずとも、堂々とエントリーができる。

自分は、今年のスパルタスロンに関しては、誰にも負けない強い情熱があったと胸を張れる。異論は認める。こんなのただの能天気な自己評価に過ぎない。
「自分が出るぐらいなら他にもっと(以下略)」という思いは未だにある。完走できてもなお。完走、できたからこそ。

また出たいと思う。
もういいやと思う。
気持ちは揺れる。


2015年、私はスパルタスロンにとても出たかった。そして出た。完走した。

……長すぎるこれらの完走記だって、初めは書く気じゃなかったのだ。完走したいと思って完走するとはひねりがない。書いてもしょうがないはずだった。
年末、大掃除ついでに記憶の削除を試みた。ところが惜しくなった。貧乏性が頭をもたげた。
いざ着手してみると、書けた。書けば書くほど書きたいことが出てきた。
自分にまだ可能性が残されているような希望を覚えた。

私は書きたい。
そのために走りたい。
不純だと言えば不純かもしれない。
かなしい。

来年のスパルタスロンのエントリーが始まった。まだ先だと思っていたので心が決まっていなかった。
整理するためにも、今年の自分の残像を書きたいだけ書いた。

脱線した。
今回言いたかったのはそんな私的な陳述じゃない。話を戻す。

大会本番では女子も男子も制限時間は変わらないのに、女子のほうが選考が甘いのはどういうことなのだろう。例にあげたのは100kmの記録だったが、250kmの記録でも、やはり女子のほうが1時間長く設定されている。
不満に思う男性がいるのではないかと思う。でも男性自身がそれを言ってしまうと、なんか……。なんか空気読めない人だと思われそうだ。正しいことなのに。
となると、女子が声を上げるしかないではないか。
一応ちんちんついてないから自分が言ってみた。


文体を戻して言いますね! 
わたしは別に、何がなんでも平等であれって言ってるわけではないんですよ。正義をふりかざそうなんてつもりはないんです。ただ当事者として、今まで女子の恩恵にめちゃくちゃ預かってきたっていう自覚があるから、感謝の気持ちとセットで、やっぱり居心地悪いんです。
そんなに気を揉むなら男子枠でエントリーしろよって感じですが、『正真正銘の男』を名乗るには勇気が足りなくて…。

おかしくない? って感じるこの気持ちが、おかしくないことだって、だれかに言ってほしいのかな。
普通に、なぜだか知りたいです。男ばかりじゃつまらないからですか?
「マラソン 女子 制限時間 優遇 なぜ」でググってみたけどわからなかったから、書いた。
もう巷では議論され尽くしていることだったらいたたまれないけど、ラン友いないから色々知らなくて、すみません。

それから、エントリーの際に作文の必要な某大会ですが、大会自体は素晴らしく、とびきりのおもてなしで迎えてくださいました。最高の大会です。
たくさんの方に味わっていただきたいです。