後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年1月12日火曜日

食べる

195kmの大エイド。エイドに差し掛かるカーブの前に、ぱらぱらと日本人らしき方の応援も見えました。武内さんはいません。呼吸が苦しいです。
顔を歪めて飛び込み、たまらずエイドのテーブルにドン。手をつきました。
スタッフのママが、「何か食べる? マッサージする? 座ったら?」椅子を勧めてくれますが、「時間ないから…。」わたしは首を振りました。

「ホワット? 時間? まだあと1時間もあるじゃない!」

ママが目をむきますが、「違うの、貯金、減らして減らしての1時間なんです、このままだとどこかでオーバーする。時間、全然ないんです。」とっさの英語はひとつも出て来ず、わたしは力なく首を左右に動かしました。

冷えきったわたしの手をとったママは、「あなた……、死んでる?」ひるんだ調子で言いました。

ホ、ホワット? 
わたしも思わずホワット返し。なんだそれ?  ジョークなのか? ……すごい生きてるつもりなんですけど、わたし、死んでます?

「お前はもう死んでいる」的な、何か英語で慣用句があるのかとも思いましたが、いまだにわかりません。
手が冷たすぎることに関しては、「冷え性なんです。」でした。ユージュアリー、コールド。アイムOK。

そういえばおなかがすきました。プリン型の容器が目に止まりました。
ここまでで摂ったエネルギーは、ジュースと蜂蜜とヨーグルトとリンゴ、あとはスープを少しだけ。
固形物が喉を通らず、モデルの朝食みたいなヘルシーなガソリンで丸一日走ってきましたが、それもそろそろ限界です。何かカロリーを入れないと。
プリンなら飲み下せるかもしれません。
プリン食べる。
指差して開けてもらうと、中にはなめらかな黄色い地平でなく、ぶつぶつ沸き立つ温泉みたいな乳白の海がありました。プラスチックスプーンを落とすと、どろりとした手応え。シナモンの香りが鼻腔に広がります。
オートミールだ!

スタート前、日本の方が、過去エイドでまずかったものとして「ねとっとしたお米の甘いやつ」をあげておられましたが、「ちょっとちょっと、それわたしの好物です!」
うらやましく聞いていたオートミール、ようやくここで会えました。
よく冷えていて、おいしいです。ねとっとした甘いお米。

「あ! よかった、生きてるわ!」

オートミールのやさしい口当たりに「デリシュー!」とギリシャ語でおいしいを叫ぶと、心配そうに見ていたママが生存認定をしてくださって、だから死んでませんってば。

「大丈夫ね? 座らなくてもいいのね?」

再三勧めてくださるマッサージを固辞して、わたしはエイドをあとにしました。
このエイドでの滞在は4分間。
また、貯金が減りました。急がねば。