後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年1月21日木曜日

犬……

完走できた旨を報告しなければならない人がいるはずでしたが、携帯を手に取る気力はありませんでした。
電源ボタンを長押しするだけの指の力が本当になかったし、液晶の凶暴な眩しさを想像するだけで気が滅入りました。
ずっとスマホ依存だったのですが、スパルタスロンで治りました。健康的ですね。

ベッドにけだるく寝そべって、ともちゃんに、あの人は完走しましたか?  あの人は、あの人は?  と、気がかりな人たちの消息をたずねました。

「うん、◯◯さんは最後の関門抜けたから大丈夫と思うよ!  △△さんはリタイア。完走率は半々みたいだよ。」

そっか……。
みなさま、本当におつかれさまでした…。

しんみりするわたしに、ともちゃんは続けます。

「知ってる?  かわいそうなのが、野犬に襲われてリタイアした人がいてね、まだ詳しいことはわからないんだけど、頭を打って病院に救急搬送されたって。心配だなあ。〜〜〜さん。」

………!
〜〜〜さん!?
〜〜〜さん、リタイアしたんですか!?
ちょっと!  あきちゃん!!

わたしは武内さんをつかんで強く揺さぶりました。

〜〜〜さんって、あの人だよ!!
あきちゃんが!
あきちゃんが、リタイアするって言った、あの!!

悪寒が走りました。肌が粟立ちます。
武内さんがレース前、「くるちゃん完走して、あの人リタイアするよ」と断言した、あの時の、〜〜〜さんが、リタイア…………。


まだ捻挫とか脱水とか、そういうアクシデントならまだしも、犬って、犬って!  どうして。そんな。
武内さんも、「えっ!」と叫んだきり、絶句しています。

あきちゃん?  まさか……。

「犬けしかけたの、あきちゃんなの?」

悪いこと言わないから白状しなよ。
わたしの真顔を見て武内さんはプッと吹き出しましたが、笑ってんじゃねえ!  冗談で言ってないよ!  こわすぎるよ!   なんなの?
あきちゃん、なんで?

「偶然だよお!」

武内さんはブンブン首を振っていますが、わたしは武内さんを、宇宙全体を、信じられない思いでした。

この件はだれにも秘密だな、と思いました。
ともちゃんにも言えない。
〜〜〜さんにはもちろんのこと、ランナーの皆さんには絶対内緒にしておかなくては…。

でも言いたい。早くだれかに言って、このゾッとする話を分かち合いたい。

恐怖で痛いのも疲れたのも吹っ飛びました。

帰国してから、共通の友人をつかまえて一部始終を話しました。
だれもがおそれ、おののくはず。
そう思っていたのに、「知ってる?  武内さんの祖先って、神様なんですよ。『武内の宿禰』。」と、平然と返されました。

「『たけうちのす、すくね』………? 知らないです……。」

知ってるも何も!  聞いてません。

つまり巫女ってこと?
予言くらいはお手の物だということらしいです。(本人はそうは言わないが。)
今までもよくわからない女だとは思っていましたが、武内さん、奥深すぎです。
もしもわたしの身に何か良からぬことが起こるとしても、決して口には出してくれるな。
本気でお願いしました。

わたしは〜〜〜さんが心配で心配でなりませんでした。
あきちゃんは、「わたしたちのせいじゃない」って言うけど、だってそれ、自分に言い聞かせるみたいに言ってるじゃん!
ほんとは責任ちょっと感じてるくせに!

〜〜〜さん、本当に本当に本当にごめんなさい。
わたしたちのこと、嫌いにならないでください……。


「AKK(アキコ)のことは嫌いでも、私のことは嫌いにならないでください!」
ー前田敦子ー

※利己的バージョンでお送りしました