後頭部ビジネス

若木くるみの後頭部を千円で販売する「後頭部ビジネス」。
若木の剃りあげた後頭部に、お客さんの似顔絵を描いて旅行にお連れしています。


*旅行券の販売は現在おおっぴらにはしていません。*

2016年1月5日火曜日

神様

123km。
武内さんがゼリーを渡してくれる、約束のエイドまでは上り坂でした。
うつむいて一足一足、走る。
エンジン音に追い越されるたび顔をあげて目を細めますが、アニータの赤い車はついに確認できませんでした。

スタッフの方に、ハズバンドのゼッケン番号を言ってみます。
まだ到着していないようです。
どこで抜かしたんだろう。うんちでもして待ってみよっかな…。
ほんの少しだけぐずぐずして、見切りをつけて出発しました。

夜が来ていました。

アニータのハズバンドは、このエイドの少しあとでリタイアしたと、後に聞きました。



武内さんとも結局このまま最後まで会えず、だけどこの時はまだ、赤い車のクラクションが、今にきっと「がんばれ」を響かせてくれるはずだと信じていました。

夜、わたしの調子は尻上がりに良くなっていました。
左脚付け根の痛みも、今では感じません。
去年はどうしても走れずドロドロだった魔界の景色が、今年はすいすい流れていきます。
日本の方も何人か抜きました。普段なら絶対に勝てるはずのない彼らと対等に走れていることが奇跡で、今年は今年でやっぱり魔界にいるのでしょうか。
魔法は、いつかは消えてしまうのがファンタジーの教訓だけど、0時を過ぎたらわたしはカボチャになってしまうかもしれないけれど、でも今は楽しい、走れるってこんなに楽しい!

美術館では毎日、暗幕で覆われた闇の中を走っていたこともあり、夜には実は期待していたのでした。暗くなってからが自分の時間だ、そう言い聞かせて臨みました。
まさに今夜、狙った通りの展開です。
適正スピードを見失ったわたしはがむしゃらに走り続けました。

足をひきずりながら歩くランナーに一声かけて行き過ぎてから、去年ちょうどそのあたりで、嘔吐に苦しむわたしを外国ランナーが介抱してくれたことを思い出しました。
ハッとしてグッときて引き返して、わざとかわいげな声とか出して、

「アーユーOK? レッグス? ペイン? メディスン?」

語尾をあげまくって矢継ぎ早に問いかけると、ポケットにしのばせていた痛み止めを彼の手に押し付けました。
それからそのままの勢いで、神様に「見ました〜?」と訊いた。

「天のかみさま、わたしが、親切な行いをしたの、ちゃんとご覧になってくれました?」

わたしは今、善行を働きました。
だからスパルタスロン、完走させてください。

そう頼んだ直後、「神様へのポイント稼ぎのために他者に良くするのは善きことではない」という道徳に遅ればせながら気づいて、やばい…マイナスポイントかも……。

けが人を自己の完走のために利用してしまったことが恐ろしく、どうしよう今にきっと天罰が下される……!
逃げなきゃ!  
怯えてすごいスピードでその場を走り去りました。

一目散に次のエイドに駆け込んで時計を見たら、この区間がレース中一番速かったっていう、……。

逃げ足、はやい。